「食品表示における原料原産地情報の位置づけ」~消費者が知りたい情報と生産者が伝えたい情報~ (2020年5月26日)

中村啓一

公益財団法人食の安全・安心財団 事務局長
中村啓一



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1 生産者対策としての原料原産地表示
 食品の表示ルールが五月雨式に変更され、事業者はその対応に追われている。
 消費者庁は、平成29年9月に食品表示基準を改正、全ての加工食品に原料原産地表示を義務付け、令和4年3月末までに新ルールへの移行を求めている。
 加工食品の原料原産地表示は、平成12年に梅干し及びらっきょう漬けについて表示が義務付けられたのが最初である。当時、海外から漬け物の原料として塩蔵された梅やらっきょう等の輸入が急増しており、生産者から原料の産地表示の義務化を求める要望が寄せられていた。翌平成13年には全ての農産漬け物を対象に義務化され、その後も、輸入量が多い、あじ・さばの干物、塩蔵・乾燥わかめなど、加工食品8品目に原料原産地表示が義務付けられた。平成18年に加工度の低い20食品群(現在は22食品群)に原料原産地表示が義務付けられた後も、農産漬け物、野菜冷凍食品、うなぎ蒲焼き、かつお削り節の4品目が個別基準により原料原産地表示が義務付けられ、今回の改正でおにぎりのノリが追加された。
 このように、原産地の表示は、消費者の選択に資するという本来の目的とともに、輸入品と競合する国内の生産者対策として行われてきた歴史があり、平成21年に緑茶飲料とあげ落花生が20品目群に追加、平成25年に黒糖・黒糖加工品とこんぶ巻が新たな食品群として義務表示の対象に追加されてきた。
 今回の加工食品の原料原産地表示拡大もTPP対策の一環として提起され、国内農林水産業対策の一環として位置づけられている。

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2 生産者が伝えたい情報と消費者が知りたい情報
 新たなルールは、加工食品について使用量の一番多い原料の原産地を表示することを基本としつつ、三カ国以上から輸入され産地が頻繁に入れ替わる場合は「輸入」とする「大括り表示」、過去の実績や今後の計画を根拠に「A国又はB国」とする「可能性表示」、さらには、大括り表示と可能性表示を組み合わせた「輸入又は国産」という例外表示を認めることにより、全ての加工食品に原料原産地の表示を義務付ける新たな制度を提案した。これは、全ての加工食品に原料原産地に関わる何らかの表示をさせる方策としては有効かもしれないが、消費者が手にした食品と表示された情報が必ずしも一致しないこととなり、新ルールは食品表示の基本である情報の正確性を犠牲にすることとなった。
 さらに、消費者の混乱を招きそうなのが「製造地」表示である。加工食品は、小麦粉、砂糖、澱粉、油脂、乳製品等の加工品を中間原料として使用するものが少なくなく、そのほとんどは海外から輸入された農産物を国内で加工しているが、これらは原料の産地に関係なく「国内製造」と表示されることになる。
 様々な例外規定を設けたルールが、消費者の理解を得られるか疑問であり、「国内製造」や「輸入又は国産」等の曖昧な表示の氾濫は、これまで積極的に国産原料を使用して消費者の支持を得てきた事業者の努力が報われないものになる心配もある。

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3 食品表示の役割
 食品表示法は、「自主的かつ合理的な食品の選択機会の確保」という食品表示の役割と、「消費者利益の増進」とともに「食品の生産流通の円滑化」「消費者の需要に即した食品の生産の振興」に寄与することを目的としている。「消費者が必要とする情報をわかりやすく伝える」ことは、事業者の責務であり、食品への表示は有効な情報伝達手段である。その場合の食品表示は、事業者と消費者の約束であり、表示された内容は適切で正確であることが絶対条件となる。
 消費者の支持のもとに国産食材の消費を拡大し、国内農業の活性化を図ることは賛同するところであり、国産である旨の情報を食品表示で提供することは一定の効果も期待できる。一方で、輸入品に対する漠然とした不安や特定の産地や国の食品を避けたいとする消費者も少なくなく、表示で得られる加工食品の原料原産地情報は、そのための選択の目安にもなっている。
 新たな原料原産地表示制度については、従来からの事業者の努力とともに行政による適切な指導や監視も不可欠であり、何よりも消費者の十分な理解を求める努力が求められる。
 消費者が知りたい情報を正確に伝え、「消費者の選択に資する」という本来の食品表示の役割を忘れてはならない。