消費者が心配する残留農薬
残留農薬の安全性についての理解には (2021年9月2日)

大瀧直子

SFSS理事
大瀧直子



農薬の安全な使用を目ざして
 農薬には、農作物生産に有害な病害虫、微生物を防除する薬剤、植物生理機能を調製する薬剤、病害虫から農作物を守る天敵生物などがある。また、農薬が影響を及ぼす範囲は広く、農薬の安全性には①生産者の安全 ②消費者の安全 ③環境に対する安全 を考慮する必要がある。農薬は、意図して使用する化学物質という点で食品添加物と同様だが、安全性を考慮すべき対象が多岐にわたり、このことが消費者へのリスクコミュニケーションを複雑にする。
 消費者のなかには、農薬の使用を疑問視し、無農薬、有機栽培に価値をおかれる方も少なくない。しかしながら、農薬の不使用は生産量の低下、生産コストの増大、品質の悪化という結果を招き、これは食糧確保という観点から受容できるものではない。我が国では、食品安全基本法、食品衛生法、農薬取締法に基づき、食品安全委員会、厚生労働省、環境省、農林水産省が連携し、安全に農薬を使用する仕組みが構築されている。ここでは、農薬の使用、不使用ではなく、いかに農薬を安全に使用するか、そのうち特に②の消費者の食品の安全性をどのように担保するのかについて、リスクコミュニケーションの見地から考えたい。

農薬のリスク評価
 農薬は、食品安全委員会においてリスク評価が行われる。何ら有害作用が認められない量(NOAEL無毒性量)を求めるため、単回毒性試験、反復投与毒性試験、繁殖毒性試験、発生毒性試験、発がん毒性試験、体内動態試験、遺伝毒性試験、一般薬理試験等の動物試験が行われる。無毒性量に安全係数100を乗じて人が一生食べ続けても健康に悪影響を及ぼさない量(許容一日摂取量ADI)や、短期間に食べても健康に悪影響を及ぼさない量(急性参照容量ARfD)を設定する。これが、残留基準値の根拠となる。

農薬のリスク管理
・農薬の残留基準値の設定
 厚生労働省では、日本人の食品別の摂取量について一定期間にわたり摂取量調査「食品摂取頻度・摂取量調査」を行い、農作物など各食品の摂取量、一日の平均的な摂取量が分析され、曝露量を推定し、残留基準値を設定している。我々が一日に食事として食べる様々な農作物の量に残留基準値を乗じて対象農薬の一日当たりの推定農薬摂取量を算出する。残留基準値は対象農薬の摂取量がADIの80%を、また個別の農作物における短期間での最大農薬摂取量がARfDを超えないように設定される。個々の農薬の残留基準値は、摂取量のほか、使用方法なども考慮して設定され、同じ農薬でも、作物別に使用方法(希釈倍率、使用時期、使用回数など)が決められている。また、残留基準値は、作物残留試験の結果を踏まえて設定される。
・農薬の摂取量調査
 残留農薬の一日摂取量は、マーケットバスケット調査の結果から推定され、食品などから摂取する残留農薬の1日の量は、対ADI比の1%にも満たないということが確認されている。農薬のリスク管理は、残留基準値の設定、保健所等によるモニタリング検査、食品からの農薬摂取量の調査などを通じて実施されている。

農薬の再評価制度の導入
 既に登録されている全農薬についても最新の科学的知見に基づき、安全性等の再評価を定期的に行う仕組みが導入されている。2021年度より、国内での使用量が多い順に再評価が実施されている。初年度はグリホサート、ネオニコチノイド系農薬等14有効成分が対象となった。

農薬のリスクコミュニケーション
 このように農薬の使用には厳しい管理基準が設けられているが、科学的リスクの大きさと消費者の安全性の理解には大きなギャップが存在する。例えば、植物特有のアミノ酸合成経路を阻害するグリホサート系農薬は、ヒトを含む動物にとって極めて安全性が高いと評価されている。にも関わらず、それを危険とする認識が消費者に広がり、不安を高めている。グリホサート系農薬自体への漠然とした不安のほか、農薬耐性の遺伝子組換え作物に対する不安、その種苗を提供する企業への疑念等が絡み問題を複雑にしている。これらの問題各々について、リスクコミュニケーションを通じて消費者と中立で正確な科学的知識を共有することが肝要である。また、量の概念を欠く消費者も多くみられ、リスクの大きさは、[毒性の程度]×[摂取量]であることを伝えたい。認められた農薬を認められた量、認められた期間に散布すれば、収穫期の農産物中に残留する農薬量は、平易に言えば、無視できる量でしかない。この理解が消費者の安心に繋がると考えられる。
 最後に、野菜や果物は毎日の健康な食生活に必須である。ビタミン、ミネラル、食物繊維等の重要な供給源であり、1日に野菜350g、果物200gの摂取が推進されている。安全を理解し、安心して十分に摂取いただきたいものである。