国際的評価と今後の食物アレルギー対策の問題点 (2012年9月7日)
NPO食の安全と安心を科学する会理事
京都大学名誉教授 小 川 正
食物アレルギー患者の増加が危惧される中、アナフィラキシーを伴う重篤な臨床症状を惹起する卵や牛乳、そばなどの食品成分が食品加工に利用され、これを誤って摂取した患者における事故が先進国において問題化し、WHO/FAOの食品の表示に関わる国際機関・CODEX委員会による勧告に基づき、日本が世界に先駆けて平成14年に特に重篤な臨床症状を惹起する特定原材料5品目を食品衛生法において表示を義務化して以来、8年が経過した平成22年からさらに2品目が追加され、さらに、これらに準じる18品目の食品(成分)が表示推奨食品として指定されている(表1)。
表示の義務化に伴い、これら食品の存在を高感度、高選択性を維持して検出あるいは定量・定性分析できる方法の確立されることが必須である。我が国における分析法は、食品中のたんぱく質に対して調製された特異性の高い抗体を用いたELISA(酵素標識免疫測定法)を基本にしている。10μg/ g(ml)すなわち10ppm濃度を基準とし、この値が測定されると「微量を超える特定原材料が混入している可能性があると」判断するとしている。表示義務特定原材料に関しては高感度・高選択性を満たすELISA測定キットが複数の企業より提供されている。
先年、カナダで開催されたアレルゲン検出法に関するシンポジウムで国立食品医薬品衛生研究所(穐山氏)が紹介した我が国のアレルギー表示制度および検出法の確立に至る過去8年の経過報告は、世界各国の政府関係者・研究者らによって高く評価され*、日本が採用している10μg/g(10ppm)の表示閾値が国際標準として各国をリードしていくことが期待されている。また、ごく微量の混入はウエスタンブロット(免疫染色法)が応用され、0.1μg~1μg/g(0.1~1ppm)の微量混入を定性的に検出可能である。この場合、ELISAと異なり、電気泳動との組み合わせにより個別のアレルゲンたんぱく質を検知することが可能である。
近年、花粉のたんぱく質で感作を受けて花粉症になった患者が、感作を受けたことがない(アレルギーを起こしたことの無い)植物性食品素材(果物や野菜類)を摂取して、突然にそこに含まれる同じ仲間のたんぱく質(相同たんぱく質とも呼ばれ、生物の進化の過程で大きな変化を受けずに保存されてきたもので、お互いのたんぱく質間のアミノ酸の配列がある程度同じ)に対して交差反応(抗原抗体反応を起こし、結果としてアレルギー症状を惹起することにより、時として重篤なアナフィラキシーを発症する事例が多々報告されるようになってきている。さらに、作物栽培の過程で、ストレス(微生物感染、虫害、塩害や乾燥など)を受けるとこれを防御するためのたんぱく質(感染防御たんぱく質:PR-P)を産生することが知られている。これらのたんぱく質の多くが、最近の研究で旧来型のアレルゲン(クラスI)に対して植物界の汎アレルゲン(相同たんぱく質として広く分布する)として食物アレルギーの発症に関与していることが明らかにされて、クラスⅡアレルゲンとして分類されている。こういった事象に対して、現在は注意喚起などの対応をとることしかできないが、今後の食物アレルギー対策としては、「花粉の種類と対応する果物・野菜の種類、交差反応を起こすたんぱく質の存在量、感染防御たんぱく質の種類と存在量などに関する情報提供が、アレルギー患者にとって安全かつ安心な食生活を保障するうえで重要になってくるであろう。参考例として、虫害をうけた自然栽培の大豆・枝豆の被害状況とアレルゲンの増加を図1-a,bで示した(今月の農業、2008; 9;46-52)。
*Akiyama H. et al.: Japan Food Allergen Labeling Regulation-History and Evaluation. Advances in Food and Nutrition Research, 62, 139-171 (2011) )。