自分のリスク、家族のリスク、社会のリスク
~ワクチンもマスクと同じ"集団予防"の強力な武器~

[2021年1月24日日曜日]

 "リスクの伝道師"SFSSの山崎です。毎回、本ブログではリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月も新型コロナ感染症(COVID-19)によるパンデミックが収束しない中、いよいよワクチン接種の動きが世界的にも始まりましたので、ワクチン接種も含めたリスクコミュニケーションのあり方について議論したいと思います。なお、世界中でCOVID-19により亡くなられた方々に謹んでお悔やみ申し上げるとともに、治療中の方々に心よりお見舞い申し上げます。

 世界で新型コロナに感染した人=PCR陽性者の累積数がついに1億人を突破し、死者数も200万人を超えた(致死率約2%)。最も感染者数/死者数が多い米国では死者数が40万人を超え、奇しくも京都大学西浦教授が予告された通り、「予防対策がなされないと、死者が40万人になるだろう」との数字に米国では達したこととなる。

 では、その米国はCOVID-19の感染リスク低減策が機能していたのだろうか?この度、米国第46代大統領に就任したばかりのジョン・バイデン氏は、いくつもの新型コロナ対策の大統領令に署名し、トランプ元大統領が米国民に残した"負の遺産"を、一気に消去し始めたことが報道された:

 ◎バイデン氏、コロナ戦略で大統領令 ワクチン加速やマスク義務化
  [ワシントン 21日 ロイター]

  https://jp.reuters.com/article/usa-biden-idJPKBN29Q2YU

 "バイデン米大統領は21日、新型コロナウイルス封じ込めに向けた新たな戦略を打ち出し、検査の拡大やワクチン供給不足への対処、マスク着用義務、米国への渡航者に対する手続きなどに関する大統領令に署名した。 (中略) バイデン氏はまた、国民全員に対し今後99日間マスクを着用するよう呼び掛けた。「専門家によると、現在から4月までマスクを着用すれば5万人以上の命を救える」とした。

 米国はトランプ大統領自身がマスクを推奨しなかったこともあり、市民の外出時マスク着用が進まず、COVID-19の感染者数/死者数が日本と比べて2桁多いのも頷けるところだ。日本は、公共交通機関でのマスク着用が義務付けられていないにもかかわらず、いまや乗客のマスク着用率は、ほぼ100%に見える。日本人は本当に真面目で、法律などで義務を課さなくとも、市民各人が「コロナにうつらない、うつさない」というユニバーサル・マスクによる公衆衛生マナーを守られているのは素晴らしい。

 現在、国会にて入院指示や疫学調査に従わなかった市民に刑事罰を科すことを法改正すべく協議中のようだが、日本人には必要ないように思う。市民を法律で強制的に動かすのではなく、市民に公衆衛生上のリスクを丁寧に説明して理解を促すこと、感染者や濃厚接触者が差別を受けぬよう、健康行政/保健所の担当者が「区別」と「差別」を明確に切り分けること、の2つが重要だろう。

 ◎濃厚接触情報の公表は区別のためで、差別のためじゃない
  ~感染拡大防止/リスク低減には市民の理解が必要~
  SFSS理事長雑感[2020年3月7日土曜日]

  http://www.nposfss.com/blog/coronavirus02.html

 本ブログでも何度か指摘しているところだが、感染者・濃厚接触者が差別を受けないために秘匿されるべきは、あくまで個人情報であり、「〇〇市の感染者#100番さん」が感染した時期の行動履歴は、市民に詳しく公開されるのが理想だ。ただしその際に、明らかに感染者が複数発生したようなクラスター感染の事業者であれば、施設名・店名などを公表すべきだが、そうでなければ施設名・店名などの固有名詞は事業者の了解なく公表する必要はない(事業者が公開を希望したり、自身のHPに情報開示した場合は公開してもよいだろう)。

 比較的感染者が少ない地方では、自治体が積極的に個々の疫学調査情報を公開しており、すべての市民がリスク回避のポイントがわかって安心なだけでなく、実際の感染源情報に基いた濃厚接触者の洗い出しが進んで、いち早くクラスター拡大を抑えること(公衆衛生リスク低減)に寄与しているように見える。すなわち、自治体の疫学調査の姿勢(「区別」と「差別」の切り分け方)の違いにより、公衆衛生対策が効率よく実行できているかという点で差が出ているのではないか。

 この感染者・濃厚接触者に対する「差別」に配慮(個人情報は秘匿)し、しっかり「区別」をする(行動履歴は固有名詞なしで公開)疫学調査のマニュアルが徹底されれば、保健所の担当者でなくとも、ほかの行政担当者の臨時支援や医薬系コールセンターサービスを利用することも可能ではないか。このあと議論したいワクチン接種に関しても、健康行政や保健所の担当者の方々による市民へのリスクコミュニケーションが非常に重要となってくるため、保健所業務の軽減/効率化と人員補強等による業務体制強化は喫緊の課題であろう。

 さて、その問題のワクチンだ。
 筆者自身は、ワクチンをうつ順番が回ってきたら、率先して接種を受けるつもりだ。

 理由は簡単だ: もしCOVID-19に感染し、無症状でも気づかないうちに重症化した場合、よい治療薬が未開発で助からない可能性が十分ある(死亡リスクが大きい)からだ。

 なお、「副反応が怖いじゃないか」という方は、「リスクのトレードオフ」という原理を学んでほしい。
 現時点でワクチン接種により副反応(アナフィラキシーなど)で死亡するリスクと、ワクチンを接種しないことでCOVID-19に感染して死亡するリスク、どちらのリスクが大きいかを比較すれば、正解を導き出すのは容易だ。

 ◎副反応はインフルワクチンの10倍でも米CDCが指摘 「メリットの方が大きい」理由
  Yahoo News 〈AERAdot.〉 1/22(金) 8:02配信

  https://news.yahoo.co.jp/articles/d460b5c9b71ee101647a16ac488b3fe302ae
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 いつも不安を煽るような記事が多いなぁと心配していたAERAさんが、今回はバランスのとれたリスク感覚の科学記事を発信されており、市民のリスクリテラシー向上に役立ちそうなよい記事だ。もちろん、今後さらに安全性/副反応に関するデータは世界中から集まってくるだろうが、現時点でのリスク(将来の危うさ加減)を評価比較した限りでは、ワクチン接種による死亡リスク低減効果の方が有意ではないか(もちろん最終的に、接種するしないの選択は、市民の自由意志によるべきだ)

 この「リスクのトレードオフ」に関しては、子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)の問題について何度か考察しているので、以下をご一読いただきたい:

 ◎メディアの「リスク報道」はなぜ歪む!?
  ~小さなリスクに警鐘をならし、大きな実害を生む本末転倒~
  BLOGOS 山崎 毅(食の安全と安心)2019年03月18日

  https://blogos.com/article/364785/

 今回のCOVID-19のワクチン接種に関しても、強硬に反対するメディア報道もあるようで、大変残念だ。ワクチンに反対する団体やメディアの方々の理念は、ひとことで言うと「弱者救済」だ。おそらく今回のCOVID-19の大規模ワクチン接種に際しても、副反応による症状が重篤だった患者さんを採り上げて、「弱者救済」を叫ぶ記事は出てくるだろう。しかし、そのような副反応の出てしまった患者さんたちを、いかにもワクチンの安全性に問題があったための犠牲者のように取り扱う記事は、明らかに市民の不安を煽り、リスク誤認を招くものだ。ワクチンは健常者にうつものなので、副反応は一切出てはならないという「ゼロリスク」の考え方が誤りなのだ。

 ワクチンは重篤な感染症を予防する医薬品と考えるべきであり、「まれに副反応が発生する可能性あり」と添付文書に書いてあれば、接種後に医師が適切な対処をする(アナフィラキシーにはエピペンを注射など)ことで、副反応のリスクは許容されるべきものだ。なので、今回COVID-19のワクチンを接種する市民の皆さんも、もしこのような副反応が万が一発生したとしても、医師が適切に対処してくれるものと信じて、ワクチンを受けていただきたい。

 ただ、市民がみな進んでワクチンを速やかに接種するには「ロジが重要」と、新たにワクチン接種担当となった河野太郎行政改革大臣が公言されたようだが、根拠のないワクチン接種スケジュール案を推測のみで語ってしまう無責任な行政担当者やそれを報道するメディアに対して、Twitterで"モグラ叩き"することが、最初の「ロジ」業務になってしまったようだ。

 政府が海外から購入予定の3社のワクチンが、国民全体の接種に供する十分な量があるのは理解できるし、河野大臣の号令の下に、冷凍/冷蔵の運送/ロジスティックスや自治体/保健所/医療機関など接種の現場対応については、おそらくこの国難に際して皆さん頑張っていただけるものと思う。

 やはり問題は、国民の皆さんが気持ちよくワクチン接種に応じてもらえるかどうか、そのためのリスクコミュニケーションが重要だろう。その際に、ぜひ行政の皆様に知っておいていただきたいリスコミの重要な理論がある。それは「リスクコミュニケーションのパラドックス」という現象だ。一昨年の農水省主催フォーラムにおいて、山崎が講師を務めた資料にまとめているので、ご参照いただきたい:

 ◎農林水産省 2019年度FCP第1回若手フォーラム(2019/5/31)より
  「食の安全・安心に係るリスクコミュニケーションと企業の信頼」(山崎 毅)

  https://www.maff.go.jp/j/shokusan/fcp/whats_fcp/attach/pdf/r1_young_f/2_
  mryamasaki_2.pdf

 「リスクコミュニケーションのパラドックス」とは市民に不安が蔓延した状態で、政治家/行政の長や企業の社長などが安全をアピールするようなパフォーマンスをすると、むしろ市民の疑念(リスク認知バイアス)を助長するという現象だ。牛肉のBSE問題が日本中を席巻した際に、農水省と厚労省の大臣がビーフステーキを食べるパフォーマンスをTV上で展開したことは、まさにこのリスクコミュニケーション・パラドックスを理解しないが故に、助長された風評被害の典型例であった

 おわかりであろう。現状で例えるなら、内閣支持率の急落した菅首相が、「私もワクチンを接種します!」と注射を受けているシーンがTV報道されると、国民のワクチンに対する疑念(リスク認知バイアス)が助長される可能性が高い。ただし、河野ワクチン担当相が世論調査で国民からの信頼が高いのであれば、大臣自ら接種することで画面越しに安全性を訴える事で奏功する可能性もないではない。

 しかし、党派性がある政治家のパフォーマンスだと、いずれにしても反対派の方々が「国民は騙されないぞ!」的なコメントを発表する可能性が高く、やはり一部の国民の疑念につながりかねない。米国でも、ペンス元副大統領のワクチン接種をTV放映したようだが、その後ワクチン接種が進んでいないことが、この「リスクコミュニケーションのパラドックス」のせいかどうかは不明だ。

 そう考えると、報道番組やワイドショー等で発信力の強い現場のお医者様や看護師の方々が、ワクチン接種されたシーンをまず率先して報道していただきたいところだ。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の先生方も、医療従事者の方々にはワクチン接種後でも構わないので、TVインタビューに答えていただきたい。

 その後、高齢者が接種するタイミングでは、好感度の高い芸能人/著名人の方々が一般市民とともにワクチン接種する映像が安心材料につながるのではないか。菅首相など政治家の中でも高齢者に該当する方々は、高齢者のワクチン接種が開始されたら、報道機関には内緒のうちに接種したうえで、後日官房長官が粛々と発表されたらよいだろう。間違っても、「安全性に問題なかった」などと、政治家の皆さんが力をこめたパフォーマンスをしないことだ。

 では、具体的にワクチン接種を推進するために、どんなリスクコミュニケーションをすればよいのだろうか。第一にワクチンの有効性/安全性に関するデータの透明性を高くすること(データの隠ぺいをしないこと)だろう。すなわち、ワクチン接種による感染リスク低減効果と副反応のリスクを比較して、接種する価値があるかどうか市民が自由に選択できるようにすることだ。

 現時点で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、日本国内でも致死率が1~2%と高いことから、自分の身を守るだけでなく、家族や社会にも健康リスクがおよぶことが明らかな「安全」マター(リスクが許容範囲を超えている)と考えられるので、できる限りの感染リスク低減策を重ねたいところだ。その意味でも、新型コロナウイルスの飛沫感染/接触感染に対して、自分のリスク、家族のリスク、社会のリスクをイメージすると、感染予防の優先順位が見えてくる。

 いまの緊急事態宣言下で、「ステイホーム」、「フィジカルディスタンス」、「3密を避けろ」などと、物理的な接触制限/移動制限をかけて、人流をなんとか止めようとの施策だが、自分たちの生活を守るため、特に都市部では動かなければ生きていけない方々が多いということではないか。すなわち、Withコロナの生活様式の中で、自分で対応可能な感染リスク低減策の優先順位は、あくまで①ユニバーサル・マスク(非着用は無言会食時のみ)、②手洗いまでは顔に触らない、③頻繁な手指消毒、の3つであって、これにワクチン接種が始まれば、①②③とほぼ同等の感染リスク低減効果=強力な切り札(スペードのAce)が加わることになる。これは朗報だ。

 たとえば、自分がいま介護施設に勤務しており、自分の息子が大学受験を迎えていると想像してほしい。自分のため、息子のため、介護施設の利用者や職場仲間のために、あなたならどの感染リスク低減策を選択するだろうか。生活を守るためには「ステイホーム」「3密を避ける」は選択できない。わたしなら①②③を徹底して積み重ねるだけでなく、当然「ワクチン接種」という切り札をきることを選ぶ。大切なことは、自分自身をウイルスから守るために、できる感染症対策はすべて実行するということが、ひいては家族を守り、社会も守ることにつながるという「集団予防」の考え方だ。

 昨年2月に、この「集団予防」の理論を野田衛先生よりうかがって以来、われわれの主張する新型コロナ感染症リスク低減策はぶれておらず、目標としていた新たな武器のワクチンが登場するまで変わらないだろう:

 ◎「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防法について」
  BLOGOS 山崎 毅(食の安全と安心) 2020年02月19日

  https://blogos.com/article/437209/

 なお、ワクチンを接種しても100%新型コロナ感染症をブロックできるわけではないので、油断は禁物だ。公衆衛生的にも、まだ市中感染者が相当数いる段階であれば、ユニバーサル・マスクを維持する必要があるだろう。すなわち、大半の国民がワクチンを接種すれば終わりではなく、市中の新規感染者の発生がなくなって、初めてユニバーサル・マスクを解除し、元の生活に戻れるということだ。

 以上、今回のブログでは、ワクチン接種による新型コロナ感染リスク低減の意義について解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます。

 ◎SFSS食の安全と安心フォーラム第19回(7/26:オンライン)開催速報
  『飲食業にとっての新型コロナ時代のリスク低減策
   ~食品衛生ならびに法規制上のリスクにどう対処する~』

   http://www.nposfss.com/cat9/forum19_sokuho.html

 ◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2020(4回シリーズ)開催済み
   http://www.nposfss.com/riscom2020/

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com