消費者の誤解は量の概念の不足から (2018年7月27日)

長村洋一

鈴鹿医療科学大学
長村 洋一



量を考えない人たちはこんな騒ぎ方をする

 合成保存料、合成着色料、化学調味料、人工甘味料は4大添加物として多くの消費者から嫌われている。そんな中で「人工甘味料で脳障害に!」といったブログの記事を読んでみるとなんとフェニルアラニン、アスパラギン酸がその主犯物質とされ、「アスパルテームの大部分を構成するフェニルアラニンとアスパラギン酸は、自然の食物の中にも存在するアミノ酸ですが、単体で摂取すると両方とも脳細胞(ニューロン)を興奮させすぎて死に至らしめる興奮性毒であることが判明しているのです」とある。人工甘味料として使用されるアミノ酸では起こりえない量である。
 また自称添加物の神様と称される方は、「グリシンが怖いのは添加物としての使用に上限がないので業者は無茶苦茶使用するが、成長障害を指摘する学者がいる。」と彼の講演の席で聴衆に語っている。グリシンに上限が設定されてないのは食品添加物として味が悪くなるほど使用されても全く安全性に問題がないから決められてないのである。

化学物質の毒性はその量によって決定される

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 前述の2つの事例は共に量の概念がないことに起因している。パラケルススは「ある物質が毒物であるか無いかは単にその量に依存する」と言っているように量を間違えれば食塩でも酢でも立派な毒物となる。したがって食品添加物の基準値は図のようにして決められている。  どんな物質でもある量を超えれば何らかの作用が出てくるが、逆に量をどんどん少なくしてゆくとやがて全く作用がなくなる(無作用量)。その無作用量の100分の1を一日摂取許容量(ADI)としている。このADIのさらに何分の1かが基準値として許可されている量である。したがって基準値を少々超えていても恐らく何も起こらないと言ってよい。そして近年はそうした基準値を超えての不正使用は極めて少なくなっている。

改めて強調したい化学調味料無添加のナンセンス

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 安全・安心に関する一般市民の関心の高い問題においては、しばしば優れた学者による極端なデータが、日常的に起こる「可能性」として報道されることに起因することがある。ここには学者とそれを報道するメディアに大きな問題があるが、特に学者のデータが量を無視して行われた実験報告である場合は非常に問題が大きい。
 中華料理症候群も結果的に見れば、報告者にしかできない実験であった。すなわち他の学者では報告された量の「化学調味料」を用いて同じことをやっても再現することのできない実験であった。
 数年前Natureで発生したある細胞の報告事件を思い出していただけばお分かりのように、学者がある実験に成功したと報告しても、その事実が机上の作文であった場合には、いたずらに社会を大きく混乱させるものである。こうした、行為を学者によるデータのねつ造と言う。
 私もMSGに関する報告の幾つかを纏めてみると問題物質として放置するのは明らかにまずいと感じていた。ところが、れっきとした国際的に大きな国際頭痛学会が頭痛起因物質リストの中にMSGを加えていることがMSGを問題視する学者の学問的裏付けの一つとなっていた。このことを私は大きな問題として国際頭痛学会誌にDoes monosodium glutamate really cause headache? : a systematic review of human studies(Obayashi and Nagamura The Journal of Headache and Pain (2016) 17:54 DOI 10.1186/s10194-016-0639-4)と題する論文を投稿し掲載された。
 この論文を根拠に味の素の大林氏が国際頭痛学会にリストから除外を要求し、本年の1月に学会はこの要求を認め除外した。すなわち、化学調味料により何か頭に変なことが起こるという俗説はある意味完全に否定されたと考えている。改めて量の概念の不足から発生した国際的誤解である化学調味料無添加ナンセンスを一般市民に声を大にして訴えたい。