複雑すぎる原料原産地表示は、消費者・生産者の利益になるか (2018年10月30日)

中村 啓一

公益財団法人 食の安全・安心財団 常務理事・事務局長
中村 啓一



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 2017年9月、消費者庁は、全ての加工食品に原料原産地表示を義務付けるため、食品表示法の「食品表示基準」を改正、事業者は2022年4月までに新ルールに移行することとなった。
 食品の原産地表示は、1996年に、輸入量が多く品質格差の大きいしょうが、にんにく、さといも、ブロッコリー、しいたけについてJAS法の品質表示基準で表示が義務付けられたのが最初だ。1998年にはごぼう、アスパラガス、さやえんどう、たまねぎを追加、2000年に、食肉、水産物を含む全ての生鮮食品に原産地表示が義務付けられた。
 加工食品の原料原産地表示は、2000年に梅干し及びらっきょう漬けについて表示が義務付けられた。当時、海外から漬け物の原料として塩蔵された梅やらっきょうの輸入が急増しており、生産者から原料の産地表示の義務化を求める要望が寄せられていた。翌2001年には全ての農産漬け物を対象に義務化され、その後も、輸入量が多い、あじ・さばの干物、塩蔵・乾燥わかめなど、加工食品8品目に原料原産地表示が義務付けられた。2006年に加工度の低い20食品群(現在は22食品群)に原料原産地表示が義務付けられた後も、農産漬け物、野菜冷凍食品、うなぎ蒲焼き、かつお削り節の4品目が個別基準により原料原産地表示が義務付けられている。

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 このように、食品の原料原産地の表示は、輸入品と競合する国内の生産者対策として行われてきた歴史があり、今回の加工食品の原料原産地表示拡大も国内生産者対策の一環として位置づけられている。それは、2016年6月に閣議決定された「日本再興戦略」が攻めの農林水産業の展開として、同じく「経済財政運営と改革の基本方針」が攻めの農林水産業の展開と輸出力の強化策として、全ての加工食品に原料原産地表示を導入する方針を示したことからも明らかだ。
 2016年1月、消費者庁と農林水産省は共催で、「加工食品の原料原産地表示制度に関する検討会」を設置した。この検討会は、「原料原産地表示について、実行可能性を確保しつつ、拡大に向けた検討を行う」とした「総合的なTPP 関連政策大綱」(2015 年11 月TPP 総合対策本部決定)を踏まえ、今後の対応方策について幅広く検討する(開催要領)として設置されたが、その後の「全ての加工品を対象」とする閣議決定により「対応方策について幅広く検討する」道を閉ざされてしまった。
 加工食品は様々な原料を世界中から調達している。さらに使用する原料自体も加工食品である場合も多い。加工食品に対し生鮮食品と同様の原料原産地を正確に表示させることは、技術面、コスト面において難しく、既に義務化されている22品目の加工食品のルールと同様の義務化は現実的ではない。このため検討会は、全ての加工食品を対象とすることを前提に事業者が対応出来る仕組みを報告書に取りまとめた。
 新たに対象となる加工食品の表示は、使用重量の一番多い原料について、使用量順に原産地を表示することが基本だが、3つの「例外規定」を認めている。1つは「大括り表示」で、三カ国以上から輸入され産地が頻繁に入れ替わる場合は「輸入」とだけ示せばいい。2つ目の「可能性表示」では過去の実績や今後の計画を根拠に「A国又はB国」とすることができる。大括り表示と可能性表示は組み合わせることもでき、その場合は「輸入又は国産」と表示できる。さらに、消費者の混乱を招きそうなのが三つ目の「製造地表示」である。小麦粉、砂糖、でん粉、油脂といった加工品は、その原材料のほとんどが輸入農産物だが、こうした加工品を中間原料として使う場合は、製造地が国内であれば「国内製造」と表示されることになる。「外国製造又は国内製造」という表記も可能だ。
 このように複雑な表示ルールが、消費者の理解を得られるか極めて疑問だ。これまでも原料原産地を自主的に表示することは可能であり、積極的に国産原料を使用して消費者の支持を得てきた生産者や事業者も多い。全ての加工食品を義務表示の対象とすることが目的化し、そのために導入される様々な例外規定は、曖昧な表示を氾濫させ、これまでの生産者や事業者の努力が報われないものになる心配もある。
 食品表示は「消費者が必要とする情報をわかりやすく正しく伝える」ことが基本だ。このことを行政も事業者も忘れてはならない。