グリホサートの発がん性リスクについて (2022年2月11日)

原田孝則

一般財団法人残留農薬研究所
原田孝則



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[背景]グリホサートは、1970年に米国モンサント社によって開発されたアミノ酸系除草剤で、1974年に米国で登録され、安全で有効な除草剤として世界的に普及し、現在も各国にて幅広く使用されている。ところが2015年に国際がん研究機関(IARC)が、グリホサートをGroup 2A「ヒトに対しておそらく発がん性がある」に分類(表1)したことに端を発し、その波紋が各国に波及し、農薬業界のみならず農業作業者や一般消費者にまでグリホサートの安全性に対する不安を煽る結果となっている。

[IARCの見解]グリホサートをGroup 2Aに分類した根拠は、以下の如くである。
 ①限定的ではあるがヒトの疫学的調査結果からグリホサートの農業上使用暴露と非ホジキンリンパ腫発生との間に相関性がみられた。
 ②動物実験において発がん性を示唆する所見がみられた。
 ③農場に隣接する住民の血液検査において、グリホサート製剤散布後に染色体損傷を示唆する小核の増加がみられた。また、ヒト細胞を用いた in vitro 試験においてDNA・染色体の損傷が観察された。
 ④ヒト細胞を用いたin vitro試験及び動物実験において、グリホサートの原体、製剤及び代謝物に酸化ストレスを誘導する所見が観察された。

[各国規制当局の見解]上記のIARCの発表を受けて米国環境保護庁(EPA)、欧州食品安全機関(EFSA)、我が国の食品安全委員会を含む関係各国の規制当局は、今までに提出されたグリホサートの安全性試験データ及び関連文献を再度見直し、その安全性について詳細に再調査した結果、種々の遺伝毒性試験およびラット・マウスを用いた長期発がん性試験の結果はいずれも陰性であり、発がん性を示唆する所見がみられなかったことから、現時点では「グリホサートには発がん性や遺伝毒性は認められず、ラベル表示された適用方法で使用する限りは安全である」という見解で一致している。

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[科学者としての著者の見解]IARCによるグリホサートの発がん性分類は、疫学的調査を含む限定的調査・実験結果に基づいており、科学的に根拠不足であることは否めず、特に評価対象に採択された実験データにおいても用量相関性、統計学的有意性、再現性等に欠けており、科学的信頼性が低い。一方、各国規制当局のグリホサートの安全性評価結果は、テストガイドラインに準拠した膨大なGLP試験結果(表2)に基づき現代毒性学・毒性病理学を含む最新の科学的知見に照らし合わせ導き出されたものであり、信頼性や客観性も高く、正しい判断基準に基づき得られたものと考えられる。従って、グリホサートは、ラベル表示された方法(適用作物残留基準値及び環境基準値がADIよりも小さくなるように散布量・時期・方法が指示されている)で使用される限り、ヒト及び環境に対し安全であると断言される。化学物質のリスク評価において重要なことは、科学的に信頼できるデータに基づき判断することであり、本稿がグリホサートの安全性に関する正しい理解の一助になれば幸いです。