リテラシー構造に基づくコミュニケーションとは?
~エネルギーリテラシー構造モデルを事例に~(2022年12月10日)

秋津 裕

エネルギーリテラシー研究所 代表
秋津 裕



はじめに
 科学技術の発展は、より豊かな社会生活を築くと同時に、地球環境問題や情報技術、生命技術の発展による社会システム・価値観の変革などをもたらし、市民生活に新たな課題を投げかけている。科学技術を社会に実装する際、そのリスクが許容されるか否かの判断となる数値は、科学的合理性に基づく確率の計算によって示すことができる。一方、科学技術の進歩が引き起こす予測不可能な脅威に対して抱く社会の不安に対しては、科学だけでは答えることはできない。このように「科学に問うことはできるが、科学が答えることができない問題群」、いわゆるトランス・サイエンス(Weinberg, 1972)的場面においてその意思決定は、民主主義国家であれば、為政者、専門家は利害関係者や市民とともに広く議論し、その時々の解を選択し進むべき方向を定めることが望まれる。こうした公共的議論が社会の新たな価値観を構築し、技術発展やリスク対応に反映されていく。この公共的議論のテーブルに市民がつくためには、相応の教養を備えていなければならない。それがリテラシーである。

リテラシーとは
 リテラシーとは単に知識を指すのではない。佐藤(2003)はリテラシーを、「書字文化による共通教養」であり、教育によって育成される社会的自立の基礎となる公共的な教養と再定義した。より具体的には、リテラシーは与えられた課題を社会の中で広く議論するために必要な情報や知識を選択し、判断する能力をいい、広範な分野と繋がりをもった課題が、社会や経済発展の関係の中で成立していることを理解し、その課題に対し関心や批判的思考、目的をもって臨み、発信、決断、行動へと結びつけていく能力と言える。

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エネルギーリテラシー構造に基づくコミュニケーション
 エネルギーリテラシーの事例で示すと、これを評価するために、「知識」「関心・態度」「行動」の3領域で整理した枠組みが提案されている。多くの調査によって、知識と行動にはほとんど相関がないことがわかっている。社会心理学における行動理論モデルでは、人の行動はもう少し複雑に描かれている。とすると、教育や情報は、人々のエネルギーリテラシー構造のどの部分に働きかけることがより有効なのだろうか?これを調べるために、中学生のエネルギリテラシー構造モデルを9つの構成要素で構築し、国内外で分析をおこなった。
 その結果、得た知識が省エネ行動しようとする「行動に対する態度」に結びつくためには、「現状が続いた場合、将来招くであろう悪影響を認識すること」、すなわち「重要性認知(危機感)」が要めであることが示唆された。危機感は煽るものではなく、生徒が得た知識によって自らが感じるものである。したがって、教師には的確な情報の提供が、生徒にはこれらを理解する能力が必要となる。さらに、家庭におけるエネルギーや環境問題に関する会話や態度が、「重要性認知(危機感)」から「行動に対する態度」形成の道筋に寄与していることも示唆された。また、興味深いことに、日本の中学生は学年が上がると知識スコアは上がるのだが、知識以外のエネルギーリテラシー構成要素には学年差がない、もしくは低下する傾向がみられた。このことは、高校生との比較でも明らかになった。したがって中等教育の初期段階は、エネルギー・環境問題を、ひとりひとりの課題とするように生徒の意識を高め、持続可能な社会のための価値観や信念を形成することを目的としたエネルギー教育を実施する重要な時期と考えることができる。
 このように、人々が行動に対する態度を形成する背後で、価値観、規範、信念などがどのような振る舞いをしているかを知ることができれば、より有効な学習プログラムや情報の提供の方法が見えてくるだろう。

おわりに
 わたしたち一人ひとりがどのような社会に生きたいか、選択とその時々に起こりうるリスクや失敗も、語り尽くして納得し得る社会を目指したい。これを実現させるために、市民は公共的議論のテーブルにつける教養=リテラシーを育まなければならない。そして政策を支持する1票は、こうしたリテラシーに裏付けられているものであることを願う。学校教育もメディアも、単なる知識・情報の供給に留まらず、リテラシー構造のどの道筋にクサビを打ち込むのかを意識しながら、効果的に提供することが求められると考える。

Weinberg, A. M. (1972). Science and trans-science. Minerva, 10(2), 209-222.
佐藤学 (2003). リテラシーの概念とその再定義(<特集> 公教育とリテラシー). 教育学研究, 70(3), 292-301.