リスクアナリシスで考える残留農薬 (2018年10月30日)

畝山智香子

国立医薬品食品衛生研究所 安全情報部
畝山智香子



kikan31_p02_fig1.jpg

○全ての食品や食品成分にはリスクがある
 食品の安全性に関して常に問題視されるものに残留農薬があります。しかし食品の安全に関する他のどの話題についても最初に確認すべきことは、食品そのものが未知の化学物質のかたまりであり、膨大な種類のリスクがある、ということです。私達は食品について全てを知っているわけではありませんが、生きるためには食べる必要があります。食品やその成分についてはこれまでの科学研究の積み重ねによりわかっていることもたくさんあるので、未知の部分にも配慮しながらリスクアナリシスという仕組みで食品の安全性を確保し日々向上させているのです。残留農薬や食品添加物は意図的に食品に使われるもので、使用前に安全性に関するデータを審査して認可されるというプロセスを経るため、食品全体の中では圧倒的に情報量が多いものです。

○リスクは客観的指標を用いてはかろう
 食品に含まれる可能性のあるたくさんのハザードのリスクを評価するための指標はいくつかあります。リスクを評価するのは適切なリスク管理を行うことが目的です。限られた資源を効果的に使ってリスクを最小限にするためには、リスクの大きいものを優先していく必要があります。ここではリスク比について紹介します。  残留農薬や食品添加物は、認可される時に一日摂取許容量(ADI)という値を設定されます。この値は通常動物実験で有害影響が見られなかった最大投与量に安全係数を用いて導出されます。ADIを超えない摂取量なら健康に悪影響はないだろうと考えられます。重金属やカビ毒、環境汚染物質については耐用一日摂取量(TDI)という値が設定されているものがあります。TDIはヒトのデータを使って導き出されたり安全係数もいろいろな値を使っている場合がありますが、ADIと同じように、この値を超えない摂取量なら健康上の問題はないと考えられる値です。この、ADIやTDIのようなものをまとめて健康ベースのガイダンス値(HBGV)と呼びます。HBGVに対して実際の食事からの暴露量がどのくらいになるか(リスク比)をオランダ人の食生活で検討したものが図です。リスク比は数値が小さいほどリスクが小さく、1を超えている場合にはリスクを減らす対策が必要になるだろうということを意味します。この図からわかることは残留農薬や食品添加物よりカビ毒や環境汚染物質のほうがはるかにリスクが大きいということです。

○農薬は食品を安全にするのに役立っている
 このオランダの報告では農薬のことを植物保護製品(Plant Protection Products, PPP)と表現しています。農作物を病害虫から守るために使われるからです。農作物の病害で特に深刻なのは真菌(カビ)で、農作物にカビが生えると作物がダメになるだけではなくカビ毒という人間の健康にとっても有害な毒素を作ります。カビ毒の種類は多く、熱で壊れないものもあり、食品の安全性にとっては重大な問題です。従ってカビ対策のために使われる農薬は食品の安全性にとっても重要な役割を果たしています。害虫が農作物を食べるとそこからカビが侵入する場合もあり、防虫剤も最終的にはカビ毒を防ぐために使われている側面もあります。ポストハーベスト農薬は日本では定義上食品添加物ですが、欧米では農薬です。図にあるように、農薬を使っていても残留農薬よりカビ毒のリスクが圧倒的に高く、さらにカビ毒を減らすための対策が必要なのです。欧州では農薬使用を減らした有機農産物に一定の支持があり、オーガニック製品が日本より多く販売されていますが、それらを分析すると残留農薬は慣行栽培の農産物より少ないものの、カビ毒は多いという結果が報告されています。客観的指標でリスクを比較したデータを知っていれば、健康のためにはどちらが望ましいかは言うまでもないでしょう。

○情報に惑わされない
 特定の商品を売るために偏った情報を宣伝する人たちは世界中にいます。どこの国でも自分の国の製品が世界で一番安全だという宣伝はありますし、自社製品を売るために他の製品を不当に貶めるネガティブ・マーケティングを行う会社もあります。売り上げを伸ばすために意図的にセンセーショナルな文言を使う本や雑誌もあります。「フェイクニュース」や「ポスト真実」という単語が流行するずっと前から、食品の安全に関しては適切な情報が得られにくい状況が続いていました。それでも、食の安全のためには消費者一人一人が適切な情報をもっていることが大切なので是非公的機関からの情報を探して冷静に判断して欲しいと思います。

図の出典
What is on our plate?
RIVM, 2017
http://www.rivm.nl/en/Documents_and_publications/Common_and_Present/Newsmessages/2017