食品添加物のリスコミのあり方

唐木英明

公益財団法人食の安全・安心財団
唐木英明



 食品添加物、残留農薬、遺伝子組換え食品、中国産輸入食品、福島産農産物、これらはすべて危険と思っている人が多い。危険なものを食べたくないのは当然の要求であり、だからこれらの食品を避けることは個人の選択の自由である。一方、危険という判断が必ずしも科学的事実と一致しないことも多い。客観的に見て安全なものを危険と誤解しているのであれば、それは個人にとっても社会にとっても不幸なことである。リスクコミュニケーションの目的は、消費者が安心して食事をすることの手助けであり、具体的には行政や企業が行う食品のリスク管理に対する理解と納得を得る作業である。もし誤解に基づく判断があればこれを正せば不安はなくなると考えられるのだが、話はそれほど簡単ではない。そこで、誤解がなぜ起こるのか、これを正すにはどうしたいいのかについて考えてみる。

誤解が生ずる仕組み

 誤解が生ずる仕組みを図に示す。我々は多くの情報を受け取り、知識と経験に基づいて、それが危険を示す情報なのかを判断する。大きな音や振動があれば、直ちに危険と判断し、回避行動をとる。そこで働くのが恐怖と不安という感情である。ただ、大きな音といっても一様ではない。どのくらいの音なら逃げるのか?リスク認知の第1原則は「危険重視」であり、少しでも危険があるものを避けることで命を守ることが動物の生存本能だ。だから多くの動物はどんなに小さな音でも逃げ出す。一方、現代社会のリスクは騒音のように五感で感じることができる「見えるリスク」に加えて、微量の化学物質や放射性物質による汚染など、五感では感知できない「見えないリスク」も現れた。「見えないリスク」の判断は専門家の情報に頼らざるを得ない。そして、その情報の内容は一様ではない。ある情報は「食品添加物は危険」といい、別の情報は「危険ではない」という。そこで働くのが「危険重視の本能」であり、危険情報の方を信じる。こうして一度「食品添加物は危険」という判断を行うと、それが先入観になる。そして、自分の判断の正しさを証明する情報ばかりを集めて、そうでない情報は捨てるという「確証バイアス」に陥り、さらに先入観が強化される。

 第2の原則は利益重視の判断で、これも生存のために必須だ。その特徴は、危険情報重視の判断の逆転、すなわち、自分に利益があると感じると危険情報を無視することである。例えば、飲酒、喫煙、自動車の運転など、リスクが極めて大きいことを知りながら、個人も社会もこれを禁止しようとしないのは、多くの人が利益を感じているからだ。そこで働くのが楽観バイアスで、自分だけは悪いことには出会わないと思っている。

リスク管理者の判断

 3番目の原則は自分で判断しないことだ。リスクの判断は極めて難しい。間違ったら死ぬかもしれない。そうであれば、知識と経験を積んだ信頼できるリーダーの判断に従うのが最良の方法だ。こうして、我々の多くが信頼重視の判断を行っている。問題は、現代社会はリーダーが見えにくくなっていることだ。多くの人が新聞やテレビで見聞きしたことを信じている現状を見ると、メディアが現代の信頼されるリーダーともいえる。だから、メディアの間違った報道が多くの人に誤解を広げるのだが、残念ながら自覚をもって正しい報道をしようとするメディアはそれほど多くはない。

 リスクコミュニケーションの目的は行政や企業が行うリスク管理に対する理解と納得を得る作業だといったが、それは簡単ではない。というのは、リスク管理者と個人の判断の間には大きな壁があるからだ。詳細は図を見ていただきたいのだが、例えば、「100ミリシーベルト程度の放射線を被ばくしてがんで死ぬ確率は、受動喫煙の結果がんで死ぬ確率よりずっと小さい」と言われても、喫煙のリスクは許容するが、放射線障害のリスクは絶対に許せないと感じる。そして、個人と行政の考え方の違いは倫理問題にまで発展することは、原発再稼働問題など、多くの場面で見られる。

 それではどうしたらいいのか。答えは「信頼」と「利益」である。「安心=安全+信頼」という公式が示すように、リスク管理者が信頼を得る存在であれば、その言葉は受け入れられ、安心につながる。さらに、そのリスクには同時に利益もあることを理解することで、恐怖感は薄らぐ。食品添加物についていえば、その利益、とくに消費者個人の利益がいかに大きいのかを説明することが重要になる。