「わからないもの」は不安を煽る ~情報開示のあり方を考える~

[2015年5月12日火曜日]

 このブログでは食品のリスク情報とその伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、今回は「食の安心」に大きく関わっていると思われるリスク管理責任者による情報開示のあり方について、あらためて考察してみたい。

 昨年の本ブログでも一度解説したが、公益財団法人食の安全・安心財団理事長、東京大学名誉教授の唐木英明先生が、昨年出版された著書『不安の構造-リスクを管理する方法』(エネルギーフォーラム新書刊)の中で、不安と恐怖に関してのジーグモント・フロイトの次の言葉を紹介されている:

 「対象がある場合に恐怖を、そして対象がない、あるいは漠然として、よくわからないときに不安を感じる」

 これを福島県産のモモの放射性セシウム検査値を例にあげて考察してみよう。
 もしモモに付随して放射性セシウム検査値が5ベクレル/kgと表示してあったとすると、食品衛生法による一般食品の放射性セシウム基準値である100ベクレル/kgと比較しても、十分低い安全な数値と科学的に解釈できる。しかし、そこに厳然と放射性セシウム検査値という何か危険そうなハザード(対象)が見えている場合に、消費者は恐怖を感じる。たとえ検査結果が「不検出」となっていても、検査をするということはその危険性があるからこそ検査を実施しているのではないかと猜疑心をおぼえる消費者もいるだろう。

 逆に、福島県産のモモに関して放射性セシウム検査値がない(計測していない)、もしくはよくわからない(情報非開示)とした場合に、消費者は不安をおぼえる。福島県産なのだから、当然検査をしておくべきだろうと、その不安を不満として食品事業者にぶつける消費者もいるかもしれない。

 では情報を開示しても開示しなくても、消費者は恐怖もしくは不安をおぼえることになってしまうのか?筆者はそうは思わない。

 福島県産のモモに関してもちろん放射性セシウム検査は実施するが、その実測値を商品に付随して開示はしない。放射性セシウム値の情報をそのまま垂れ流してしまうと、その数値自体がどんな健康リスクをもつものなのかの説明もなければ、単に消費者に恐怖感を与えるだけで終わってしまうからだ。ただ検査結果をまったく開示しないというのも、消費者の「よくわからない」という不安感を助長することになるので、製品に付随するラベル等に「本製品の品質情報を知りたい方はこちらまで⇒0120・・」としてお客様相談室のフリーコール番号を表示しておけばどうだろうか。

 放射性セシウムの検査結果を知りたい方の不安は、このフリーコールによって検査結果がきちんと知らされれば、ほぼ解消されるのではないかと思う。もし検査値が5ベクレル/kgであったとしても、それが安全性上まったく問題ないという説明ができなければいけないが、お客様からのお電話に対して正直に情報を開示した時点で、お客様の信頼はある程度食品事業者に向いていると思われるので、あとはいかにお客様の不安を助長しないよう、お客様のお気持ちに共感したトークができるかどうかになるであろう。

 いずれにしても放射性セシウムの検査結果に関して、基準値より明らかに低い検査結果はあくまで「食の安心」情報であり、健康被害につながる安全情報ではないので消費者に対して無条件開示することは恐怖を煽ることになりよくない。しかし、消費者ひとりひとりからのピンポイントのお問い合わせに対しては、「食の安心」情報を必要とするお客様ととらえるなら、率直に情報開示する=「わからないもの」にお答えする姿勢が不安を抑えることになると考えられる。

 本ブログで筆者が唱えている「不安煽動指数(Aoring Index)」においても、Slovic(1988年)が提唱したリスクイメージの因子分析であげられた①恐ろしさ因子、②災害規模因子、③未知性因子の3つが重要な位置を占めている:

 ◎不安煽動指数(Aoring Index)
  http://www.nposfss.com/blog/aoring_index.html

 放射性セシウムの検査値を無条件情報開示、もしくは「不検出」などと必要以上に誇張して広告に利用するような情報開示は①恐ろしさ因子と②災害規模因子を助長し、恐怖/不安を煽るが、放射性セシウムの検査値を消費者から質問された場合は、「わかりません」という回答が③未知性因子を刺激し不安を煽ることになるので、条件付きの情報開示が必要だ。

 もちろんだが、健康被害の可能性が否定できないような異物混入等が判明した場合は、「食の安全」情報にあたるので、無条件情報開示による自主回収が必要だ。食品事業者にとってある程度の不安煽動はやむを得ない事態となるが、最低限「未知性因子」を刺激しないように対処するためには、いかに迅速に原因究明・再発防止策を実施するかにかかってくる。原因究明でもたもたして情報開示が遅れたりすると、不安を煽ると同時に、食品事業者は信頼を失うことになるので要注意だ。

 これらクライシスマネジメント/リスクマネジメントのあり方は、食品事業者の広報/お客様相談室/品証部門の能力次第で、企業全体の業績に大きく影響する可能性が高いので、十分な知識を得るとともに、入念な訓練を重ねておくことが重要であろう。

 「よくわからないもの」/未知性因子に消費者が不安をおぼえるという意味では、先月号の本ブログでもとりあげた新たな「機能性表示食品制度」は、食品事業者から安全性/機能性の根拠(エビデンス情報)が義務として公開されることによって、これまでベールにつつまれてよくわからなかった健康食品に関する有効性/リスク情報が、まさに消費者の目に見えるようになり、消費者への学術啓発にもつながる素晴らしい制度といえよう。

 ◎新たな『機能性表示食品』は消費者市民社会の救世主となるか
  http://www.nposfss.com/blog/kinousei.html

 ただ、安全性や機能性のエビデンス情報に関して、結局「よくわからない」ままであっては不安が残ることになるので、食品事業者はこれら公開されたエビデンス情報が十分消費者にとって理解しやすいものになるよう、企業のホームページ等で補足説明を加えたり、お客様相談室において消費者の疑問に応えるような体制を作るべきであろう。

 また、マスメディアや消費者団体の役割も大きいと考えられる。食品事業者の開示した情報について、それをどう評価し、商品を選択するのはあくまで消費者なので、消費者にとってわかりやすい解説ができることが望ましい。ただ、先月のブログでもとりあげたとおり、いよいよ6月中旬より実際上市される機能性表示食品たちに対して、安全性/品質に関しては厳しめに、機能性に関しては寛容にとらえていただくことが、本制度が日本全体での医療費抑制/経済活性化に寄与できるかどうかのポイントとなるように思う。 企業からせっかく開示された科学的エビデンス情報に対して、重箱の隅をつつくような指摘ばかりで消費者庁の足を引っ張るような論調の記事に関しては、依然としてベールにつつまれた「よくわからない」高額の健康食品群を売りつけられている高齢者がたくさんおられる社会問題をよく考えて、消費者が正当に機能性/リスク情報を理解したうえで食品を選択できる消費者市民社会の形成にご協力いただきたいものだ。

 以上、SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください。また、当NPOの食の安全・安心の事業活動に参加したいという皆様は、ぜひSFSS入会をご検討ください。よろしくお願いいたします。

◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
  http://www.nposfss.com/sfss.html


(文責:山崎 毅)