「煽り人(あおりびと)」~杞憂のリスクを誇張する正義~

[2016年10月10日月曜日]

 このブログでは食品のリスク情報とその双方向による伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、今月は「食の安全・安心」をたてに市民の不安を煽ることが正義だと勘違いしている方が最近よくメディアに露出しているので、客観的かつ科学的に食のリスクを評価し、「本当に回避すべきリスクなのか」正当に判断する術を考察してみたい。

 最近、もっともTV・新聞などの報道をにぎわせている東京都の豊洲市場移転問題について、就任したばかりの小池都知事が築地から豊洲への移転延期を決定されたことや、われわれの口に入る食の安全の問題でもあることから、関心をもって見ている方も多いのではないだろうか。このままの流れで新市場の環境安全を確認できて最終的に豊洲市場への移転が決まったとしても、「豊洲直送の生鮮食品を安心して食べるよ」と答えられる消費者がどのくらいいるのだろうか。これまでに積もり積もった市民の不安はそう簡単には払拭されず、豊洲市場に移転される仲買人さんたちの不安も大きいに違いない。

 ある意味「豊洲市場」に対する風評被害は移転する前の段階で、すでに極大化されてしまった印象だ。実はこの「豊洲市場問題」が消費者の不安を助長している大きな要因として、「未知性因子」というものがある。すなわち、今回の豊洲市場の新施設が生鮮食品を扱う巨大市場として適切な環境基準を満たしているのか、もっと単純にいうなら「新たな豊洲市場で売買される生鮮食品の安全性に対して悪影響を与えるような環境要因(施設内の水と空気の浄化への悪影響)があるのか」、そのリスク評価の過程/結果が見えてこないことが、「未知性因子(よくわからないこと、知らないこと)」として消費者の不安や都政への不信感を増大させているのだ。

 まさに小池都知事が選挙中から指摘しておられた「ブラックボックス」が東京都政/都議会にはびこっており、豊洲市場の施設建設に関するリスク管理の過程とリスク評価の結果がすぐに開示されなかったことが、都民には都合の悪い事実の隠蔽と映り、「未知性因子」⇒不安・不信感へとつながったように思う。施設の下に「盛り土」をせず、「地下ピット」をモニタリング空間として建設したにもかかわらず、そのリスク管理の正当性を都は詳しく説明せず、「盛り土」を採用しないと決定したのは誰か?などと、都政ガバナンスの脆弱性にばかりスポットライトがあたってしまったようだ。

 そのため「食の安全」に影響を及ぼすような施設環境のリスク管理が実際しっかりできているのか、また築地と比較して改善しているのかなど、市民にとって本当に重要なリスク評価の状況が見えないため、「未知性因子」により不安が助長されているに違いない。それに加えて地下水/廃水の汚染データ(ヒ素やベンゼンなど?)が環境基準を超えたなどと報道して不安を煽ったにもかかわらず、市場で扱う生鮮食品の食の安全に与える悪影響がよく見えないとの指摘に対しては「何か起こったらどうするんだ」などと根拠のない正義感を振りかざすとは・・まさに「煽り人(あおりびと)」である。

 この問題を手っ取り早く解決するためには、都政/都議会のブラックボックスをこじ開けて厳しく指摘なり処罰なりするのは、センテンススプリングさんあたりに任せておいて、専門家や消費者団体を加えた第三者委員会を設けたうえで、上述のような豊洲市場施設の環境リスク評価とリスク管理手法の改善を都に要請し、都民が納得するような「築地と豊洲のリスク比較表」を発表してもらうのがよいだろう。それによって市場で扱う生鮮食品の食の安全が豊洲市場で十分に管理できる水準にある(築地よりも優れているものでないなら移転中止もある)と、都民に対して「見える化」できれば、上述の「未知性因子」は解消され、煽られた不安も消えるものと考える。

 ここでポイントなのは、これまで都政にかかわってきた方々が豊洲市場のリスク評価結果やリスク管理手法改善を発表しても、都民には信用してもらえないし、不安も解消されないということだ。リスクコミュニケーションが成功するかどうかは、発信者が市民に信頼されていることが大前提となるからだ。この現象は「リスクコミュニケーションのパラドックス」として、本ブログで何度かご紹介しているので参照されたい:

◎『リスクコミュニケーションのパラドックス』にどう対処するか
[SFSS理事長雑感 2014年9月14日日曜日]
 http://www.nposfss.com/blog/paradox.html

 ただし、上述の都民が納得するような「築地と豊洲のリスク比較表」が一般に公開されれば、少なくとも都庁で新市場建設とリスク管理対策にかかわった職員の皆さんへの信頼は回復する可能性がある。最終的によい市場ができて「食の安全」が守られれば、都民はその問題をすぐ忘れるだろう。だからこそ、早く第三者委員会を設立し、「築地と豊洲のリスク比較表」を作成してもらって「安全宣言」をすることだ。

 さて、今回「食の安全」に関して明確な科学的根拠もなく不安を煽る情報発信/報道をし、風評被害を誘発する方々を「あおりびと」と呼んだが、正直、ブラックボックスを形成している方々もリスク評価結果/リスク管理手法を隠蔽してしまったことを考えると、こちらも市民の不安を間接的に煽ったことになるのだろう。リスク管理責任者は、市民が必要とするリスク情報をタイムリーかつ誠実に開示する姿勢が非常に重要であり、それは2011年の福島原発事故の際に痛感された方々が多いはずだ。日本国民に対するリスコミはハラキリが基本で、隠蔽していたことがばれると痛い目にあうことが明白なリスク情報ほど早くホームページ等に開示しておいたほうがよいのだ:

◎ハラキリ・コミュニケーション ~日本文化に合ったリスコミとは~
[SFSS理事長雑感 2015年3月16日月曜日]
 http://www.nposfss.com/blog/harakiri.html

 「食の安全」に関する「あおりびと」の特徴は、①リスク評価/検査データ/基準値などの科学的意味を理解しておらず、どのくらいなら社会的に許容範囲で安全であるとの判断ができない、②自然界にゼロリスクはなく、常にわれわれ人間はある一定のリスクにさらされて生きている(たとえば、すべての食品に発がん性物質が含まれる)ことを理解していない、③自分たちの商品や主張が市民に支持されることを目論み、競合関係にある組織の杞憂のリスクを恣意的に強調する、④大切なのは市民の「食の安全」を守ることのはずだが、無意識に「安心・安全」と表現することで、市民の「食の安心」を優先する姿勢を示す(検査結果が「不検出」は「安心」のため?)、などである。

 そのほかにも「食の安全」の問題だとしながら、これまでそのハザードにより誰ひとりとして健康被害にあっていないようなリスクは非常に怪しいと疑ったほうがよい。不安を煽る情報発信にはいくつかの要因がかかわっていることから、筆者は不安煽動指数(Aoring Index)なるものを考案したので、「この情報発信はもしかして不安を煽っているのでは?」と思われたら本指数を算出してみることをお勧めしたい:

◎不安煽動指数(Aoring Index)
[SFSS理事長雑感 2014年5月12日月曜日]
 http://www.nposfss.com/blog/aoring_index.html

 もしかして自分も「あおりびと」かもしれないと危惧される方は、以下の「食の安全・安心Q&A」をご参照いただきたい。もしQ&Aの回答に納得されない場合は、いますでにわれわれが曝されている食のリスクと比較して、対象となっているハザードが普通の食生活をしている限りは回避する必要のないリスクであることがわかるはずだ:

◎食の安全・安心Q&A

・Q(消費者):食品添加物は身体によくないという記事をよく見かけますが、本当なのでしょうか?
 http://www.nposfss.com/cat3/faq/post_59.html

・Q(消費者):遺伝子組換え作物(GMOs)が健康によくないという情報は、科学的に正しいのでしょうか?
 http://www.nposfss.com/cat3/faq/q_07.html

・Q(消費者):米国でトランス脂肪酸が健康によくないとして、ある種の加工油脂が使用禁止になったようですが、日本でもトランス脂肪酸は問題なのでしょうか?
 http://www.nposfss.com/cat3/faq/q03.html

 以上、今回のブログでは杞憂のリスクを強調して市民の不安を煽る「煽り人(あおりびと)」について考察しました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください:

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2016第4回(10/30)
 http://www.nposfss.com/riscom2016/

 また、当NPOの食の安全・安心の事業活動にご支援いただける皆様は、SFSS入会をご検討ください。(正会員に入会するとフォーラム参加費が無料となります)よろしくお願いいたします。

◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
 http://www.nposfss.com/sfss.html

(文責:山崎 毅)