『二者択一の原理:リスクがわかりやすい、でも誤認の元?』

[2017年2月11日土曜日]

 このブログでは食品のリスク情報とその双方向による伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、先月に引き続いて、今月もその動向が注目されている東京都中央卸売市場の豊洲移転問題について、都民の「食の安全」に関わる重要なリスコミ事例なので、さらに詳しく考察を加えてみたい。

 消費者はある食品を購入する際の判断をせまられると、当然「食べる」「食べない」の二者択一の状況になる。その際、安全性もひとつの判断基準とすると、消費者はとっさにその食品が「安全(安全そうだ)」と「危険(危険かもしれない)」の二者択一になりがちだという*。これは、その消費者が持っている知識や経験から直感的に「シロクロ」が決定される傾向にあり、その食品に少しでもリスクの色が見えた場合「クロ」と判定される可能性が高いことを意味する。

 *中谷内一也(2006)『リスクのモノサシ』 NHKブックス刊。

 たとえば、ある一般食品の放射性セシウム検査の結果が5ベクレル/kgという情報がわかったときに、一般食品の放射性セシウムの基準値が100ベクレル/kgだから「シロ=安全」だと科学的に判断できる人よりも、放射性セシウムが検出されたというだけで「クロ=危険かもしれない」と直感的に判断して食べない消費者が多くなるということだ。これはその食品のリスクを「安全」/「危険」の二者択一で認知しがちであることに起因しており、消費者の購買行動において少しでもリスク情報が顔を見せると「買わない」という判断をされる傾向が強いという結果をもたらすのだ。

 このことは食品のラベル表示がいかに重要かを意味しており、健康影響のないことが証明されているハザード情報でも、消費者の合理的選択のためにわざわざラベル表示することは避けるべきいうことを示唆している。たとえば、食品の原材料表示で「とうもろこし(遺伝子組み換え)」と記載してしまうと、いくらその遺伝子組み換え食品について安全性の高さが証明されていたとしても、そのエビデンスを知らない消費者にとっては「クロ=危険かもしれない」とのリスク誤認に伴い、買うのは控えよう、という購買行動につながる。

 今回は食品表示が直接的なテーマではないのでこれ以上は議論しないが、「食の安全」に影響しないような「食の安心」情報は表示を義務化すること自体が、この二者択一の原理に基づいて考察すると、無用な風評被害を誘発するため、社会的には決してよい規制とは言えないことがわかってくる。食品添加物情報しかり、遺伝子組み換え作物情報、原料原産地情報などもすべて同様だ。本来、これらの「食の安心」情報は消費者の合理的選択のためとはいえ、どうしても知りたい方のみにハザード情報が伝わればよいのであって、ほとんどの消費者は知らなければ特に気にせず食品を購入するはず・・実際、残留農薬を気にしない消費者は食品ラベルに何も記載がないので抵抗なくその食品を購入しているが、残留農薬を重視する一部の消費者は「有機JAS」「オーガニック」などの表示を見て購入すればよく、消費者の合理的選択も風評被害防止も両立できている。

 さて、話をメインテーマの豊洲市場移転問題に戻そう。小池都知事の判断で豊洲市場への移転が昨年11月に延期されて以来、本年1月14日に開催された第4回豊洲市場土壌汚染対策専門家会議において地下水モニタリング検査(第9回)の結果が想定外に高い数値であったことで、豊洲市場への移転がさらに不透明な情勢になってきたことは皆様ご存知のところであろう。中央卸売市場の移転については、都政の中でも本来、都民の食の安全を守り、市場の卸売業者/仲卸業者さんたちの商売をさらに活性化していこうという目的で始まったプロジェクトと思うが、昨今これが政治イシューとして扱われてしまった印象が強いのは残念だ。

 しかしながら、多くの都民から支持を得ることで「東京大改革」を進めたい小池都知事にとっては、この夏の東京都議会議員選挙において自分たちの会派で過半数を占める必要があるのだろう。実は小池さんの選挙戦術の中にも、この社会心理学的な「二者択一の原理」が利用されていることは間違いない。すなわち、「二者の対立構造」を都民にアピールすることで、どちらが「善玉」でどちらが「悪玉」かというイメージを都民に植え付けることになり、「痛快時代劇」のクライマックスシーンにて悪代官をこらしめる「遠山の金さん」ならぬ「小池奉行」が都政のブラックボックスを次々と解明していくという、まさに「小池劇場」が現代のメトロポリタンシティにてうまく演出されているようだ。

 ご自身の年棒を半分にすることから始めた身を切る改革で、隠蔽されていた「盛り土」の問題も含めて都政のブラックボックスを次々と開けていくことが、小池都知事の都民の信頼を絶大にしたことは明白で、先日の千代田区長選挙での小池派の圧勝につながっている。小池さんがさらに「東京大改革」を進められることも、悪代官ならぬ黒い頭のネズミたちを一掃されるのもドシドシやっていただきたいと思うが、こと豊洲市場移転問題に関しては悪代官の仕業として振り出しに戻すことが、都民の「食の安全」を確保するために決してよいこととは思えない。

消費者のリスク認知バイアス

消費者のリスク認知バイアス

 現在、東京都民を含めて消費者がイメージしている豊洲市場と築地市場のリスク比較は右上図のような感じではないかと思う。特に豊洲市場については、これまでの盛り土隠蔽問題や地下水モニタリング検査結果の疑惑もあり、リスク管理責任者である東京都が都民の信頼を失っており、築地ブランドが安心・豊洲市場は不安という対立構造の中で、二者択一なら築地市場を選択する消費者が多い状況であろう(小池都知事の支持率に近いかもしれない)。

 しかし、「食の安全」の専門家が築地市場(現在)と豊洲市場(見込み)をリスク比較した場合には、右下図のように豊洲市場の方が「健康リスクが小さい」=「安全性が高い」と明確に述べている。その最大の理由は、中央卸売市場の「食の安全」は地下水の汚染状況など外部環境ではなく、市場内の食品衛生環境に強く依存するからだ。豊洲市場で扱う魚が地下水の中をずっと泳いでいたのであれば、過去の公害問題などを思い出せばそれは安全とは言えないとの議論もあるだろうが、現在の有害物質の濃度レベルであれば、たとえ気化したとしても健康影響が出ることがないことは明白だ。

 上述の第4回専門家会議において、「地下水のベンゼン濃度が環境基準の79倍」という衝撃的な数値が出たため、市場関係者の不安や不満が噴出する異様な雰囲気の中で、筆者は専門家会議の先生方に「都民の食の安全にどの程度影響を及ぼすような数値なのか」と質問させていただいたが、座長である平田先生のご回答は「豊洲市場の地上部は安全」「地下水のモニタリング検査は市場関係者の安心のため」と明確であった。すなわち豊洲市場の汚染された地下水がもし万が一気化しても、市場内に流入して食品を汚染するには距離がまだかなり遠いということをイメージすべきなのだ。筆者は、Twitterで以下のような例え話でリスコミを続けている:
  https://twitter.com/NPOSFSS_event/status/827367936851537921

「食の安全」や「食のリスク」の専門家の見解については、いくつかの記事を紹介するのでご一読いただきたい:

・(私の視点)築地市場、移転の是非 衛生管理考え、豊洲が適当
 関澤 純(朝日新聞 2017.1.28.朝刊)
 http://www.asahi.com/articles/DA3S12768877.html

・「都民ファースト」とは程遠い豊洲移転延期 ~最重要事項は「築地問題」の解消
 唐木 英明(Webronza 2017.1.13)
 http://webronza.asahi.com/science/articles/2017011000002.html

・「卸売市場の食品衛生 環境があるべき姿」
 ~SFSS緊急パネル討論会『豊洲市場移転に関わる食のリスクコミュニケーション』(2016.12.20)
 小暮 実(食品衛生監視員)
 http://www.nposfss.com/cat7/toyosu1220_kogure.html

 以上、今回のブログでは豊洲市場移転の「食の安全」に関わるリスコミにおいて、重要となる「二者択一の原理」についてご紹介しました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください。また、弊会の「食の安全・安心」に関する事業活動に参加したい方は、SFSS入会をご検討ください(正会員に入会いただくと、有料フォーラムの参加費が1年間、無料となります)。 よろしくお願いいたします。

◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
 http://www.nposfss.com/sfss.html

(文責:山崎 毅)