「競合利益相反」~恣意的ネガティブリサーチの疑惑~

[2016年9月17日土曜日]

 このブログでは食品のリスク情報とその双方向による伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、今月は食品の安全性/機能性を評価・考察する際に、よく研究成果バイアスのひとつとして採りあげられる「利益相反(conflict of interest:COI)」の問題について考察してみたい。

 「利益相反」についてあまりファミリアーでない方のために、ワンパターンで恐縮だが、まずはウィキペディアをご紹介したい:

◎ウィキペディア『利益相反行為』
 https://ja.wikipedia.org/wiki/利益相反行為

 この中で、「職務上の利益相反行為」の説明が比較的わかりやすい:すなわち、「依頼者からの業務依頼があった場合、中立の立場で仕事を行わなければならない者が、自己や第三者の利益を図り、依頼者の利益を損なう行為のことである。」具体例の2がさらにわかりやすい:例2. 家の強度試験を行う民間検査会社の株主が、住宅メーカーである場合などがある。この場合、検査会社と住宅メーカーとでは直接は利益が一致していない。しかし、上下関係があるため、チェックが甘くなる場合がある。結果として、試験結果が甘く付けられ、住宅を購入した人が不利益を被る恐れがある。

 これを食品の安全性/機能性の医学生物学研究を例として説明すると、研究を実施・発表した研究者が当該食品メーカーから報酬をもらっていた場合、安全性に問題がある研究結果を故意に隠蔽したり、本当は認められなかった機能性をあるがごとく発表するような研究不正行為により、メーカーから利益を得ることが可能だが、その食品を期待して食べた消費者は不利益を被るということだ。こういった利益相反状態の公への開示を義務とすることで、科学雑誌の査読者たちがより疑いの目で研究データを評価するだけでなく、研究者自身も緊張感をもって研究成果を公表するため、研究不正行為がかなり抑止できるものと思われる。そのため、主な学術研究機関や学会においても、利益相反(COI)の開示を求める指針を発表しており、産学連携は推進するものの、研究不正行為に対する抑止力としてCOIを利用している(日本内科学会の指針:http://www.naika.or.jp/jigyo_top/coi/shishin)。

 よくよく考えると、このような利益相反による不正研究行為が起こった場合に、研究者自身はたしかに短期的に得をするものの、結局消費者/顧客が不利益をこうむれば、メーカーにとって何の得もないだけでなくむしろ損害を被るため、このような浅薄な研究不正行為が起こらないよう予防策がとられなければならない。企業内研究者の倫理教育はもちろんのこと、外部研究機関との生データ共有やディスカッションもチーム単位で綿密に行うことにより、襟を正していく必要があるだろう。

 筆者の感覚では、これだけ情報ネットワークが充実し、チームで研究を実施していく体制ができてくれば、研究成果をゆがめて報告することはかなり難しくなってきたものと推測するが、それでも小保方さんのような事件が起こっているところをみると、密室において少人数の研究者のみが研究データを不正に操作する余地がまだ研究界に残っているということか。小保方さん事件の悲惨な顛末を見れば、そのような行為がまったく割の合わないものとなることは明白と思うが・・

 その意味では、食品メーカー所属の研究者たちが、当該企業が製造する食品の研究成果を発表した場合、利益相反は自明であり、わざわざ宣言しなくても充分慎重に研究成果を公表しているのではないかと察するところだ(それでもきちんとCOIを宣言することで利益相反状態を明確に示すことが重要だというご意見はあるだろう)。ただ、上述のウィキペディアで紹介された事例のとおり、研究データの公開手法に関して甘くなることは充分考えられる。いわゆる「チャンピオン・データ」をもって研究論文とするケースだ。

 たとえば、ある食品成分の生体調節機能について3回の臨床介入試験を実施したところ、最初の2回はその機能性について傾向が見えたものの統計学的有意差がつかず、3回目でやっと綺麗な統計学的有意差が認められたという場合に、その最終回をもって論文投稿するということはありうる。こういった行為は研究不正と言えるのだろうか?筆者はそうは思わない。なぜなら、①食品成分の機能性は微弱な生体調節機能しか有しないものが多く、医薬品のようにクリアな臨床データを得ることは難しい、②ヒト臨床研究の特性として、動物実験とは異なり被験者の年齢・性別・個体差・遺伝的背景・食事も含めた生活環境の違いなど、バラつきが極めて大きく統計学的有意差が現れにくい、③機能性関与成分の臨床試験は、ヒト生体調節機能の有無を確認し有効用量を探索することが主たる目的であり、効果が著しく強いことを求めているものではない、という3点がその理由だ。

 筆者が普段から、機能性食品の臨床介入試験でポジティブな結果が1件でも発表されたら、これを寛容に認めるべきと主張している理由がここにある。この考え方は、昨年4月から施行されている機能性表示食品制度においても、食品事業者が自ら届け出た機能性の臨床エビデンス(査読付き雑誌への掲載論文)が1件でもあれば機能性表示を認めるという食品表示法の主旨と同じだ。すなわち、機能性表示は消費者が食品の三次機能である健康機能性を享受するための手がかりとなるラベル情報であるべきで、消費者自身の健康機能に役立つ可能性が科学的・合理的であればよいからだ。

 筆者はこの考え方について「機能性食品は"可能性の科学"であり、真実を追求するサイエンスとは手法が異なる」と述べており、それがゆえにエビデンスが1件でも充分消費者の合理的選択に耐えるし、公益性が高いものだとしている。消費者は健康長寿でありたいとの夢をもっているのだから、少なくとも機能性食品の「健康への可能性」をわかりやすく伝えるべきなのだ。ただし、動物実験の結果のみではこの合理的選択は達成できない。なぜなら、ヒトでの有効用量が臨床試験で検証されないと、どのくらいの量をどのくらいの期間摂取すればメリットがあるのか、またどのくらいの量を摂取すると安全性に問題がでるのかが不明だからである(動物実験の結果からある程度の外挿は可能だが、確定情報とは言いがたい)。

 今回筆者が問題としたいのは、この食品事業者が自ら製造販売している食品の研究発表における利益相反(COI)よりも、むしろ当該製品に競合する企業や個人により発表されるネガティブリサーチ、すなわち「競合利益相反(COI-BC: Conflict of Intrest by Competitors)」だ。

 具体的な事例として典型的なのは、各国の健康医療行政が研究助成したサプリメントの大規模臨床試験(観察研究や介入試験など)において健康効果が認められなかった、とするネガティブリサーチだ。長年栄養学に携わってこられ、ビタミン・ミネラルや天然の健康機能成分の生物活性について何の疑いも持っていない研究者たちにとって、これは「青天の霹靂」ともいうべき研究発表だが、これらの研究データにバイアスはないのだろうか?そこで筆者がもっとも疑念をもってみているのがこの「競合利益相反(COI-BC)」だ。

 ネガティブリサーチの発表をした主な研究者たちがもし大病院の医師たちであった場合、もしサプリメントが生活習慣病のリスク低減に働いてしまうと大事な患者たちを奪っていく可能性があるため、当該研究者たちにとってはサプリメントに健康効果がないというネガティブ・エビデンスが間接的に利益をもたらすことになる。相反して、一般消費者はサプリメントに対して不信感をいだき、やはり医者にかかるしかないかとの諦めから医療費をさらに増大させれば、消費者は大きな不利益を被ることになる。また、医療に携わる方々にとってサプリメントはあまり有り難くない存在であり、商売上の競合に当たるため、まさに「競合利益相反」の状態になるわけだ。

 欧米での中立・公正な大規模臨床試験において、そんな故意にネガティブな結果が導き出せるはずがないと思われるかもしれないが、筆者の感覚では上述のとおり、食品成分の臨床研究においては、よほど被験者の試験環境や条件をうまく統一して設定しない限り、ほかの実験では明確に認められた機能性関与成分の生体調節機能を検出できるような感度は得られず、とくに米国のように多様な人種/食環境の中で実施した臨床研究だと容易に結果がネガティブに転がるだろうと推測する。しかもネガティブな結果を出したほうが医療行政からまた億単位のグラント(研究資金)をもらえるとあらば、当該研究者/医師たちにとって大きな利益をもたらすことになるので、競合利益相反が疑われる状態と言えるのではないか。

 筆者がこの「競合利益相反」を強く疑う研究発表にはいくつかの共通点がある。それは研究発表のタイトルがマスコミを意識してやたらセンセーショナルなことだ。中立・公正であるべき研究発表のはずが、結果がネガティブだったことを勝ち誇ったようなタイトルでは、逆にほかの研究者たちからバイアスを指摘されるのを恐れているようで非常に疑わしい。自社製品の研究に関して実験で観察された事実を堂々と発表している研究者の方が、たとえ利益相反があったとしても潔く美しく映るのだが、どうだろうか。

 「競合利益相反」は食の安全・安心にかかわる研究報告でもたびたび見かける現象だ。もっとも典型的な競合利益相反の研究発表として、遺伝子組み換え作物(GM作物)の発ガン性を疑ったものがあるが、研究バイアスがそこに存在するものと疑われる。本年2月にSFSS主催で開催したフォーラムでの唐木英明先生のご講演の要約を参照されたい:

◎食の安全と安心フォーラムXII『食のリスクの真実を議論する』(2016.2.14.)より
 『遺伝子組み換え作物』
 唐木 英明(公益財団法人食の安全・安心財団理事長・東京大学名誉教授)
 http://www.nposfss.com/cat7/forum12_genetically-engineered%20plant.html

 センセーショナルな研究タイトルをつけて発表した研究者が、あきらかに競合のGM反対派であり、映画まで制作して情報を拡散している方々も非遺伝子組み換えの自然食品/有機栽培食品を販売しているコンペティターばかりでは、「競合利益相反」もはなはだしく、恣意的なネガティブリサーチと疑わざるをえない。食品添加物をあつかったネガティブな研究発表も世の中に多数あるが、まったく同様の傾向にあり、添加物不使用をうたった食品事業者や添加物反対を公然と唱えている団体/組織がかかわった研究報道には、この「競合利益相反」の研究バイアスが明確に存在することを知るべきだ。

 人工甘味料を配合した炭酸飲料による肥満や糖尿病のリスクは心配なさそうだとの研究発表を当該飲料メーカーがしてもCOIでにわかに信じがたいとするが、自然食品/有機栽培の無添加食品を推奨する医師や研究者たちが中立・公正と称して研究発表した炭酸飲料のネガティブデータは信用できるとして本当によいのか。有機栽培の果物/野菜ジュースを毎日ガバガバ飲んでいる方々のほうが肥満・糖尿病のリスクがよっぽど高いように思うが・・悪いのは人工甘味料ではなく、単に栄養バランスの問題ではないのか?

 今後は「競合利益相反」の問題を頭の隅におき、この研究成果は社会的に意義深いものなのか、自分自身の健康にとっても本当に意味のあるものなのかを、立ち止まって考えていただきたいものだ。以上、今回のブログでは従来の「利益相反」とは別のタイプの研究不正の可能性=「競合利益相反」について考察しました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください:

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2016第4回(10/30)
 http://www.nposfss.com/riscom2016/

 また、当NPOの食の安全・安心の事業活動にご支援いただける皆様は、SFSS入会をご検討ください。(正会員に入会するとフォーラム参加費が無料となります)よろしくお願いいたします。

◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
 http://www.nposfss.com/sfss.html

(文責:山崎 毅)