「一事が万事」は不安をあおる。限定的リスク評価の目を養おう。

[2014年12月15日月曜日]

 このブログでは食品のリスク情報とその伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、今回はいま注目されているカップ焼きそばへの虫混入の問題について議論したい。

 まずは、毎日新聞(12月11日)の記事『ペヤング:まるか食品 全商品の生産と販売を中止』を以下のサイトでご確認いただきたい: http://mainichi.jp/select/news/20141211k0000e040205000c.html

 通常このような食品への異物混入の問題が消費者からの通報で発覚した場合でも、1件の通報だけでメーカーが即自主回収にいたるケースは珍しいと思われるが、今回の問題は、ゴキブリが混入した麺の生々しい写真を発見者である学生さんがツイッターに投稿したことから情報が不特定多数に拡散(いわゆる"炎上")したことで、メーカーが製造・販売自体を当面休止する事態に陥ったところが、これまでとは大きな違いだろう。

 SNSの中でもFacebookは原則として実名主義だが、ツイッターの場合はIDの実名が公開されないことも多く、無防備で自由な議論が飛び交ってしまうのが特徴だ。ご本人もコメントしておられるとおり、こんなに大きな事件になるとは思っていなかったようだが、人気商品でファンも多いこと、最初の衝撃画像のインパクトが大きいこともあり、必ずしもこの学生さんを応援するコメントばかりでなく、誹謗中傷するコメントも多数の未公開IDからぶつけられたため、議論は無秩序に盛り上がり大炎上となってしまった。

 しかも明らかに今回写真を投稿した学生さんは、品質不良の商品を買ってしまった被害者という立場なので、この学生さんの個人情報は守られなければならず、未公開IDのまま、メーカー・保健所とのやりとりの実況中継や大量のコメントに対する釈明を続けることで、実名を明かさぬまま世間やマスコミから注目されることの興奮を味わっているように見える。まさにバーチャル空間で仮想キャラクターに変身し、悪い食品事業者をこらしめてやるという痛快な役回りを演じてしまった感がある。

 筆者はもちろん、この学生さん個人を責めているわけではないのだが、食の安全・安心の最適化をめざしているNPOとしては、このような不特定多数の消費者に対して無秩序かつ非科学的なリスク情報が飛び交う「バーチャル不安煽動空間」が各地で増殖していく社会現象に、大きな危機感を覚えてしまう。

 実際、当初問題の起きたメーカーの「まるか食品」(群馬県伊勢崎市)では、問題の商品と同じラインで同じ日に製造した商品計約5万個を12月4日から自主回収していたが、11日には、製造過程でのゴキブリ混入が否定できなかったとして、2工場での生産を自粛し、全製品の販売休止と自主回収を発表した。

 同時期に同じく虫の混入がみつかったことを理由に自主回収を発表した日清食品が、関連する前後のラインで製造したロットの商品のみを限定して回収するとしたのとは対照的に、はるかに深刻な会社自体の製造自粛・販売休止という措置をとったことになるが、これは原因究明が追いつかず再発防止策のうちようがないことも原因のひとつとは思うが、やはりツイッターでの炎上がもとで消費者からの信頼が大きく失墜したためではないかと思われる。

 すなわち、おそらく5万個、もしくはそれ以上の即席麺を製造して、いまのところたった1件の虫混入の通報があったのだが、実際ヒトへの健康被害や安全の問題も起こっていないことから「万にひとつ」の品質不良として、今後の原因究明と製造・品質管理の改善に結びつけますので今回の件は関連ロットの自主回収でご容赦いただきたい、という最初の自主回収発表が食品事業者としての率直な希望ではなかったかと思う。

 ところが食品事業者が問題商品を購入されたお客様と上記のような交渉をさせてもらう前に、すでにこのツイッターというバーチャル空間で消費者同士が商品や会社の良し悪しの議論を始めてしまったので、事業者側がなんとか火を消そうと思ったけれども時すでに遅く、「製造工程での混入は考えられない」というコメントや、ツイッター上の画像を消してもらえないかと被害者にお願いしたことまで、ネット上に晒されてしまい、会社や商品ブランドへの信頼が地に落ちてしまったとの判断をされたのであろう。

 筆者がもっとも危惧するのは、上述のとおり今回の問題がもとで「バーチャル不安煽動空間」が世界中に拡散して、日本のカップ麺全体もしくは加工食品全体の「食の安心」に影響を及ぼすのではないかということだ。「異物混入の食品自主回収はたしかに多いよね」、「ゴキブリが入ってても死にはしないだろ」「いやいや気持ち悪いので絶対ダメでしょ」というような無秩序な議論が、不特定多数の消費者に伝わってしまうのだから、不安は煽られるばかりだ。

 ご家庭でゴキブリが1匹みつかったら、ほかにも沢山いるにちがいないと考えてゴキブリ駆除の対策をとる方は多いのではないかと思う。それはゴキブリが発生したからには、その要因が家庭内に存在したからであり、同じ条件でほかにもゴキブリがすでに発生していてもおかしくないからだ。二度とゴキブリに遭遇したくないからこそ、ゴキブリ駆除対策を実行するのは当然だろう。

 だが、ゴキブリに二度と遭遇したくないのは食品事業者も同じだ。異物混入・虫の混入を防止することは加工食品事業者にとって永遠の課題であり、製造・品質保証部門におられる方々は、それをいかに防止するかについて何重もの対策をほどこしてきた長年の歴史がある。工場設備に対しての虫の侵入を阻止する、また工場設備内での虫が繁殖しないよう徹底的に駆除する防虫対策と設備の毎日の洗浄・清掃はもちろん、食品製造ラインにおいて機械的かつヒト目視による検品工程を設けることで、製品への異物混入の確率を限りなくゼロに近づけることを目指している。

 それでもそのような異物混入がゼロにならないのは、虫が食品本体と同じ有機物であり、金属探知などの機械検品にはかからず、ヒト目視による検品でも100%異物を検出することは不可能だからだ。ただ、間違いなく言えることは、長い歴史をもつ食品事業者の製造施設では、虫が混入する確率はかなり低くなっている。ペヤングさんのように年間約5000万個もの人気商品を製造しているメーカーでも、それは同じではないかと思う。

 通常は異物混入が発生しても、問題が発覚した商品と同ロットの製品と同じ期間、同じ製造ラインで生産された商品のみが自主回収の対象になるのは、原因究明の結果、異物混入の可能性が否定できない範囲の製造ラインが限定できるからである。なぜそれが限定できるかと言うと、問題が発生した製造ライン以外で製造した商品に関しては、製造ラインの厳しい洗浄により明確に分離され、原料ロットも製造プロセスも全く違う条件の製造ラインだからだ。しかもその明確に分離された製造ラインで造られた製品ロットでは、お客様からも異物混入のクレームが一切起こっていないとすれば、その製品ロット全体が安全との判断ができるのである。

 しかし、今回のペヤングさんのケースは、上述のとおり原因究明が明確にできていないこと、ゴキブリという虫に対して消費者がいだくイメージがツイッターで増幅され、製造施設にほかにもいたのではという印象を払拭するだけの説得情報もなく、製造施設そのものをすべて刷新する以外にイメージ回復の道がないと判断されたのであろう。それはそれでキッパリとした決断をされたとも言え、ぜひとも来春の製造販売再開を応援したいと思うが、これまで販売されたすべてのペヤング商品の安全性に問題があったわけではないこともご理解いただきたい。

 筆者がここで強調したいのは、「一事が万事」は早計ということで、これまで消費者の皆さんが食べてこられたソース焼きそばも今後製造されるカップ麺も、その安全性に関して心配するレベルではないということだ。中国で事件報道があったから中国産食品は食べない、カップ焼きそばは虫混入が多いみたいだからやめておこう、のような非科学的リスク評価による食品選択はよくない。憶測だけのイメージに煽動されない賢い消費者であることをお薦めしたい。

 SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法についてコンサルティングや学術啓発講演のサービスを提供しており、11月28日(金)には、「食の安全と安心フォーラムⅨ ~我が国における食物アレルギーの現状とリスク管理②~@グランフロント大阪オカムラショールーム」を開催しました。速報を掲載しておりますので、ご参照ください: ⇒ http://www.nposfss.com/cat9/forum9sokuho.html


(文責:山崎 毅)