リスク認識に関する消費者と専門家とのギャップ

[2015年6月14日日曜日]

 このブログでは食品のリスク情報とその伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、今回は食/生活習慣の健康リスクに関して一般消費者と専門家の認識にギャップがあることを、どう埋めていくかについて考察してみたい。まずは、食品安全委員会が先月発表したリスク認識アンケート調査に基づいて、皆さんにも全く同じ2つの質問に回答していただき、ご自身のリスク認識が食品安全委員会の専門委員たちとどのくらい相違があるか比べてみていただきたい。

(1)健康への影響に気を付けるべきと考える項目

(問) 日本の現代の食生活等において、健康への影響に気を付けなければならないと考える項目はどれですか。次の中から、気を付ける必要があるものを、その必要性の大きい順に10個選んで、順位をつけてください。

( )病原性微生物(O-157等)
( )フグ毒・キノコの毒等、自然毒
( )農薬の残留
( )食品添加物
( )動物用医薬品の畜産物への残留
( )アクリルアミド、クロロプロパノール等
( )食品容器からの溶出化学物質(ビスフェノールA等)
( )カビ毒(アフラトキシン等)
( )カドミウム等の自然界の金属元素
( )ダイオキシン類
( )アレルギー
( )遺伝子組み換え食品
( )輸入食品
( )BSE(牛海綿状脳症)
( )健康食品・サプリメント
( )タバコ
( )飲酒
( )偏食や過食
( )その他

(2) ガンの原因になると思う項目

(問) 日本の現代の食生活等において、ガンの原因になると思うものはどれですか。次の中から、最も大きな原因となると思うものから順に5つ選らんで下さい。

( )一般的な食べ物
( )おこげ
( )飲酒
( )偏食や過食
( )病原性微生物(ノロウイルス、カンピロバクター、腸管出血性大腸菌O157等)
( )フグ毒・キノコの毒等の自然毒
( )農薬の残留
( )食品添加物
( )動物用医薬品の畜産物への残留
( )アクリルアミド、クロロプロパノール等の加工工程で生成されるもの
( )カビ毒(アフラトキシン、デオキシニバレノール、ニバレノール等)
( )カドミウム、メチル水銀、ヒ素等の自然界の金属元素
( )ダイオキシン類
( )遺伝子組み換え食品
( )健康食品・サプリメント
( )食品中の放射性物質
( )タバコ
( )加齢
( )自然放射線
( )大気汚染・公害
( )医薬品
( )大豆イソフラボン
( )性生活
( )その他

 上記2つのリスク認識に関する質問について、内閣府食品安全委員会が本年2月下旬から3月上旬に実施したアンケート調査結果(食品安全委員会の専門委員161名へのメール調査、20代~70代以上の一般消費者3,600人へのインターネット調査)は、以下のサイトでご確認いただきたい:

◎食品に係るリスク認識アンケート調査の結果について(内閣府食品安全委員会 2015.5.13)
 http://www.fsc.go.jp/osirase/risk_questionnaire.html

 まず、「(1)健康への影響に気を付けるべきと考える項目」では、専門家は一番気を付けるべき項目として「タバコ」(半数以上が1位か2位を選んだ)をあげているが、一般消費者はその「タバコ」を10位以内にあげた人は半数もいなかったとの結果になっている。ご自身がタバコを吸わないから関係ないとして10位以内にしなかった消費者もいたかもしれないので、そこは考慮する必要がありそうだ(「偏食や過食」「アレルギー」「飲酒」なども同様)。

 それよりもやはり顕著なのは、専門家たちの半数以上が10位以内を選ばなかった項目(※)の「食品添加物」「食品容器からの溶出化学物質」「ダイオキシン類」「BSE」「アクリルアミド」「動物用医薬品の畜産物への残留」に関して、一般消費者は半数以上が10位以内の順位をつけたということが問題である。特に食品添加物などは、一般消費者の半数以上が1位~6位をつけたことになり、専門家と大きな相違があることがわかる。皆様ご自身が、たとえば「食品添加物」を1位~10位に選ばれたとしたら、それは食品安全委員会の専門委員の大半が気にする必要がないとした項目を過敏にリスク認識していることになる。なぜ一般消費者は、そこまでに「食品添加物」に過敏なのだろうか。

 こういった「食品添加物」の健康リスク認知に関しての専門家と一般消費者の相違は、やはり出版物やネット情報で、「食品添加物」が健康への悪影響があるものとのとして、20~30年前の日本の食品業界の問題をいまだに語っている読み物が起こす風評被害が主たる原因であろう。そのような状況を如実に物語る事例が、筆者も参加している「食品安全情報ネットワーク(FSIN)」のサイトで最近紹介されたので、何が問題かを見極めていただきたい:

◎食品安全情報ネットワーク(FSIN)のホームページより
 https://sites.google.com/site/fsinetwork/katudou/healthpress-invisibleadditives

 「食品添加物」は、20世紀中に厚労省が、また21世紀に入って食品安全委員会がたちあがってから健康への悪影響が懸念されるものは一掃されたと考えてよく、現時点で国が許可している食品添加物は使用基準に基づいて使用されている限り、健康影響を気にする必要はまったくないであろう。一部の天然の添加物に関しては、タンパクを一定量含む限りアレルゲンとしてのリスクはたしかに残留するが、これは一般食品でも同じことなので、その部分は考慮しないというのが条件だ。

 この「食品添加物」の問題だけでなく、「食品容器からの溶出化学物質」「ダイオキシン類」「BSE」「アクリルアミド」「動物用医薬品の畜産物への残留」なども、大半の専門家がその健康リスクを10位以内にあげなかった項目だ。「BSE(牛海綿状脳症)」、いわゆる「狂牛病」の問題は、2001年に日本国内で初めてBSE感染牛が発見された当初から、①牛の食肉で特定危険部位は食用として流通しない、②牛のエサに肉骨粉を使用しない、という2つの国内規制がされた時点で、獣医でもある筆者は健康被害のリスクは無視できる状態になったと評価し、まったく気にする必要がないハザードだと主張していた。しかしながら、その当時大半の消費者は牛肉を避け、焼肉チェーンが倒産し、BSEによるヒトへの健康被害が国内で1例もなかったにもかかわらず、風評被害で自殺により亡くなった方がいたという大変悲しい歴史がある。

 もしかしたらこのBSE問題が、牛の全頭検査のおかげで終息したと思われる方がおられるかもしれないが、それは大きな誤りだ。BSE/プリオン検査自体はモニタリング/サーベイランス的な意義しかなく、健康リスクが無視できる状態になったのは、上述の2つの国内規制が農水省による施行されたことによるものだ。だから、本当はその国内規制が始まった時点で、牛肉の健康リスクを気にする必要はなかったのだが、残念ながらBSEに感染した牛が倒れるシーンが何度もTVで流れ、厚労省・農水省の大臣がステーキを食べるパーフォーマンスにより、風評被害に拍車をかけてしまったことは、リスクコミュニケーションの難しさを思い知らされる事件として、食の安全の歴史に不名誉な記録を残すこととなった。

 まさに安全なはずの食品に安心できない消費者がたくさん出現した極端な事例で、このBSE問題をきっかけにして、筆者らは食の安全を科学的・中立的に情報発信するNPOの必要性を痛感し、当NPOを立ち上げたわけだ。もしBSE問題が発生した当初に、筆者のような主張が一般消費者に届いていれば、もしかしたら風評被害はある程度阻止できたかもしれない。一般消費者への適正なリスクコミュニケーションを実施し、サイエンス・リテラシーをあげていかなければ、こういった「食の安心」の問題は世の中から消えない。

 ただ、アンケート調査結果にもどって「(1)健康への影響に気を付けるべきと考える項目」で、専門家と一般消費者の健康リスク認知がほぼ同じ順位だったものもあり、それらに関してはリスクコミュニケーションがある意味うまくいっているハザード項目と言えるだろう。特に、腸管出血性大腸菌O157などの病原微生物やカビ毒については、専門家も一般消費者もそれなりに高い順位をつけた項目として、健康リスクを気にすべきハザードであると一致している。また、気にする必要のない項目として半数以上が10位以内を選ばなかった項目(※)では、「遺伝子組み換え食品」が専門家も一般消費者もこれをあげていることは朗報だ。これは、GM食品の安全性に関する消費者むけの学術啓発がうまくいっていると言えるのではないか(よくわからない、という可能性もあるが・・)。

 次に、「(2)ガンの原因になると思う項目」のアンケート調査結果をご参照いただきたい。22項目のハザード項目(「その他」は除く)のうち発がん性が高い(ガンの原因として大きなもの)と思うものを5つ選ぶというものだが、まずはここにあげられたハザード項目に関して、ある一定量ヒトが暴露されれば、すべて発がん性があるといっても過言でないということはおわかりだろうか。筆者は、発がん物質の健康リスクについて講演で話す際に、われわれが毎日食べている食品は天然物である限り必ず発がん物質が含まれている、ということを説明する。ただ、その発がん物質(危険要因=ハザード)があるかないかが我々の身体に悪影響を及ぼすわけではなく、その含有量がどのくらいか、生体がそれにどのくらいの期間暴露されるかによってその健康への悪影響(危険の度合い=リスク)が高くなるということだ。

 最近出版された『食品を科学する -意外と知らない食品の安全-』(食品の安全を守る賢人会議 編著、大成出版社刊、2015)の第1章「食べ物の基礎知識」(村田容常)p16に、リスクとハザードの違いがわかりやすく説明されているので、まずはそこの違いを勉強していただきたい:

◎「食品を科学する 意外と知らない食品の安全」
編著//食品の安全を守る賢人会議(村田容常/三森国敏/山添康/熊谷進/佐藤洋/石井克枝)
 https://www.taisei-shuppan.co.jp/new/detail.html?code=3162

 アンケート調査結果「(2)ガンの原因になると思う項目」に話をもどすが、この結果を見ると、どうもハザードとリスクについて混同している一般消費者が多いのではないかと感じる。すなわち22項目のうち、発がん物質(ハザード)のあり/なしという白黒判定をして直感的にピックアップしているのではないかということだ。その証拠に、消費者が選抜した項目は比較的分散しており、発がんリスクの高さをイメージとして評価しようとした専門委員の方々が上位5-6項目に集中しているのとは異なるようだ。

 こちらの調査結果でも専門家と一般消費者で大きな差が出ているのが「食品添加物」だ(専門家:5%、消費者:42%)。22項目すべてのハザードに発がん性ありと上述したが、おそらく22項目の中で「発がん性なし」という科学的根拠が最も多いのが「食品添加物」ではないかと思うので、これを選んだ一般消費者が42%もいるというのは問題だし、専門家で5%もいたというのも意外であった。こちらも食品添加物=発がん物質というような科学的に誤った記事が、いかに世の中にはびこっているかということであろう。「いやいや天然の食品添加物に発がん性があるのでは?」と言われる方々には、「本当に発がんリスクが高いのですか?」と問い返したい。天然の食品添加物の発がん性が高いと思われた方は、おそらく「偏食や過食」「一般的な食べ物」のほうがより発がんリスクが高いことに気づいておられないのだろう。

 あと専門家と消費者で大きな差が出ているのが、「農薬の残留」(専門家:3%、消費者:29%)と「食品中の放射性物質」(専門家:4%、消費者:24%)だ。このあたりも本当にいまの日本人の食生活で発がんリスクが高いと思われたのだとしたら大きな誤りだ。残留農薬に関しても食品安全委員会でのリスク評価が順次行われており、もし発がん性が認められれば使用が許可されないし、またこの農薬については「リスクのトレードオフ」の問題を十分に考える必要がある。すなわち農薬を使わないことによって害虫・病害菌・カビなどが原因で間接的に食品中に発生する発がん物質のほうが、残留農薬よりリスクが高いのではないかと思う。

 「食品中の放射性物質」に関しては、同じハザード項目としてあげられている「自然放射線」の方が現在は明らかに高くなっており、福島原発直後の食品中の放射能汚染がずっといまも市場で続いていると勘違いされているのではないか。発がんリスクを考えるときには、発がん物質の量がどの程度かも重要だが、それに暴露される期間/頻度を考慮する必要がある。福島原発事故直後に、一部の野菜や牛肉に比較的高い放射性物質汚染が検出された際に、筆者は心配するような発がんリスクではないと強調したが、もしかしたらこんなに高い濃度の放射性セシウムが検出されているのに非常識だと思われた方もおられるかもしれない。

 しかし、その後当然、放射性物質汚染の基準値が政府から提示され、市場から速やかに放射能汚染の高い食品が淘汰されるのは間違いないと予測したからこそ、発がんリスクは低いと評価できたのであって、そのような時間軸と日本政府のその後の動きを総合的に加味したうえでのリスク評価をしたに過ぎない。放射性物質の検査値だけをみて「これは危険だ」とメディアむけに叫んでいた科学者たちは、先見性と洞察力に欠けていたと言わざるをえない。

 食の放射能汚染、食品添加物、残留農薬、BSEなど、すべて同じ問題である。「健康被害が心配だ」vs「健康被害の心配はない」:食の安全の問題に関してどちらの見解が正しかったかは、5年後・10年後に判明する。洞察力に満ちたリスクコミュニケーターを育成していくことが、今後の重要な課題であろう。食品等、生活環境中の発がんリスクに関しては、筆者が講演の際に使用するスライドを以下に示すので、発がんリスクの程度をイメージできるようにしていただきたい:

zakkan_1506.jpg

 以上、SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください:

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2015(4回シリーズ)
 『食の安全・安心の最適化にリスコミは有効か』
  http://www.nposfss.com/riscom2015/index.html

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2015第2回
 『消費者目線のリスコミのあり方』6月28日(日)@東大農学部
  http://www.nposfss.com/cat2/risk_comi2015_02.html

また、当NPOの食の安全・安心の事業活動に参加したいという皆様は、ぜひSFSS入会をご検討ください。よろしくお願いいたします。

◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
  http://www.nposfss.com/sfss.html


(文責:山崎 毅)