『本当に回避すべきリスクなのか? ~リスコミで伝えるべきは答えじゃない~』

[2016年5月18日水曜日]

 このブログでは食品のリスク情報とその双方向による伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、先月くわしく解説した「前提条件付きリスク評価(CRA)」に引き続いて、リスコミにおける重要ポイントとして、市民に伝えるべきは「答え」/「結論」ではなく「判断材料」だということを議論してみたい。

 先月も触れたことだが、リスコミ(リスクコミュニケーション)においてよくある失敗は、あるハザード(危険源)に関して、まったく詳細なリスク評価の説明なしに「そのリスクは回避すべきだ」もしくは「そのリスクは回避せずともよい」と頭ごなしに結論だけを伝えてしまうことだろう。たとえば、あなたが胃の不快感を感じて消化器内科を受診したところ、内視鏡検査の後、医師から「すぐに胃を切除しないと危険なので、明日手術をします」と結論だけ伝えられたら、あなたは納得するだろうか?検査結果だけでなく、胃の病変を放置することのリスク、手術することのリスクなどをくわしく説明することなしに、ただ「緊急手術します」では胃ガンがみつかったけど本人には伝えません、と言っているのと同じで、患者本人の不安を助長するばかりだ。そのような状況で手術がうまくいくとは思えないし、本人が不安に耐え切れず自殺してしまうかもしれない。

 それよりも、本人や家族に検査結果を詳細に伝えたうえで、その時点での死亡リスクがどの程度なのか、緊急手術をすることでそのリスクがどの程度低減できそうなのかを、できるだけわかりやすく説明することがよいリスコミとなるのだろう。まさに前提条件付きリスク評価の結果を説明してもらったうえで、患者が納得のうえで手術を選択したいはずだ。これが医学界における「インフォームド・コンセント」として、死亡リスクや健康被害に患者が直面した際の、医師と患者/家族のコミュニケーション方法として、ベストプラクティスが確立してきた世界と推察する。「いやいや、そんなできてないですよ・・」という医師もいるかもしれないが、一般人に比べるとはるかに死亡リスクに直面する機会に遭遇するはずなので、それなりに磨かれてしかるべきだろう。

 しかし、商品やサービスによる死亡リスク/健康被害については、必ずしもこのインフォームド・コンセントがうまく行っているとは言えない状況だ。自然災害による死亡リスク/健康被害についても同様だ。なぜなら、消費者自身がそのような死亡リスクに直面するとは夢にも思っていないし、リスク管理責任者の製造メーカー/サービス事業者/行政担当者たちも、まれに起こる死亡リスクにさらされた消費者にむけて「リスクを回避すべし」と直に叫ぶチャンスは非常に少なく、通常は商品/サービス/地域のよさをアピールしながら、売り続けないと市場で生き残れないからだ。

 ただ、その中でも死亡リスクや健康リスクが商品に関連して存在するのであれば、どのような条件でそれが発現し極大化されるのかを消費者に伝えていく必要がある。その場合にも、商品/サービスを売っている事業者からのリスコミは客観性に欠けるように消費者から見られてしまう傾向があるため、どうしても伝え方が難しく、ついつい「やぶ蛇」にならないようにと沈黙を守ってしまいがちだ。その場合には、事故が起こってしまってから初めて、「実はこんな死亡リスクがあったのですが、積極的にはお客様にお伝えしませんでした」という謝罪会見になるのだろう。それを考えると、いまは企業/行政などのリスク管理責任者にとって都合の悪い事実の隠ぺい/偽装こそ、その組織自体の終焉にもつながりかねない大きなリスクとの認識が必要だ。

 これからは商品/サービスにとってネガティブなリスク情報も、くわしく顧客に説明する姿勢が事業者/行政に求められるはずだ。食品でいえば、食物アレルゲン情報などは最近商品ラベルに積極的にアイコン表示されるようになってきた(義務ではなく任意)が、これらは以前ネガティブ情報として表示が敬遠されてきたリスク情報だった。アレルゲン情報がよりくわしく説明されていれば、食物アレルギーをもつ消費者/家族は納得のうえで、そのリスクを回避すべきか、食べてみるかの自己判断ができることになる。アレルゲンを含む食品を食べるのか/食べないのかを判断するのは、商品のリスク管理責任者ではなく、消費者/アレルギー患者(医師のアドバイスも介在するが・・)でなければならない。

 すなわち、食品事業者サイドは消費者がリスクを回避するかどうかの「判断材料」を提供する立場にあると理解しておくと、より丁寧でわかりやすいリスコミができるようになるはずだ。原材料表示のなかに「卵黄」との記載があっても、アレルゲンのアイコン表示で「卵」と注意喚起してあれば、「卵白」にのみアレルギーをもつ患者さんは、注意深くその商品を試すことができるわけだ。せっかく「卵」をアイコン表示で強調したのに、卵白アレルギーの患者さんが食べてしまったらリスクが残るじゃないかという考え方は明らかに「上から目線」であり、お客様が美味しい食品を食べたいという自由を奪っていることになる(アレルギー患者さんたちの症状の出方も一様ではない)。

 食品事業者はできるだけわかりやく丁寧なリスク情報を「判断材料」として消費者にお伝えすべきであり、そのリスクを回避すべきかどうかを決めるのは消費者自身なのだ。最近では、その商品を製造する同じラインで、その商品には含まれないアレルゲンを配合した食品を製造している旨を情報提供している事業者も見受けるようになってきたが、こういった食物アレルゲンのコンタミネーションの問題があることを知っておくと、より注意深いリスコミが可能になるであろう。外食産業の厨房・調理器具・食器などは、とくにこの食物アレルゲンのコンタミ問題には敏感であるべきで、東京オリンピック2020にむけての課題となりそうだ。

 そうは言っても、食品のリスクは自動車や電化製品などと比較した場合に因果関係の明確な死亡リスクは小さく、統計上、国内での食品による死亡事故は年間で10件に満たないのが現状である。それを考えると、上述のようなアレルゲンのリスコミは死亡リスクが十分あると考えるとしっかりやるべき領域になるであろう。もうひとつの食品リスク分野で死亡リスク/健康被害が明確に存在する領域は、やはり微生物汚染による食中毒だ。こちらに関しても、われわれは消費者にむけたわかりやすいリスコミを地道に展開することが重要と考えている。

 最近話題となった産業廃棄食品の横流し問題に関して筆者が取材を受けた際に、鶏肉のカンピロバクター汚染やジビエブームにのった鹿肉・猪肉のE型肝炎ウイルス汚染など、生肉にからんだ食中毒のリスクについて注意すべき状況であることを解説させていただいたが、実際にこのGW中の肉フェスにおいて鶏肉による食中毒事故が発生したことから、その危険性を実感された方も多いのではないか:

◎肉フェスの鶏肉やジビエ食材の「食中毒感染リスク」は、食品横流しや偽装事件より怖い
 (Yahooニュース 2016.5.12.)

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160512-01056293-sspa-soci

 これらの食中毒問題に関しても、生肉のあつかいに十分注意することでリスク回避は十分可能なので、食肉販売業者も含めてのわかりやすいリスコミ(消費者向けの学術啓発活動)を積極的に推進していきたいと考えている。他方、健康被害発生のリスクが限りなくゼロに近い食品中のハザード(食品添加物、残留農薬、遺伝子組み換え作物、放射能汚染など)に関しても、実際どの程度の生体へのリスク評価になるのかを相対的にわかりやすく説明し、われわれの食生活の中で本当に回避すべきリスクなのかどうか消費者自身が判断いただけるようなリスコミの理想像を追い求めていきたいと思う。

 以上、今回のブログでは、リスコミにおいて伝えるべきはリスク回避の「答え」/「結論」ではなく、あくまでリスク回避のための「判断材料」を提供することだとの考察をしました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください:

◎食の安全と安心フォーラムXII(2/14)活動報告
 『食のリスクの真実を議論する』@東京大学農学部中島董一郎記念ホール
 http://www.nposfss.com/cat1/forum12.html


◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2016(4回シリーズ)
 http://www.nposfss.com/riscom2016/


 また、当NPOの食の安全・安心の事業活動にご支援いただける皆様は、SFSS入会をご検討ください。(正会員に入会するとフォーラム参加費が無料となります)よろしくお願いいたします。
◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
 http://www.nposfss.com/sfss.html

(文責:山崎 毅)