ロシアン・ルーレット?!
~意外に大きいカンピロバクター菌のリスク~

[2018年8月15日水曜日]

 "リスクの伝道師"山崎です。毎月食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、ここのところ食品添加物等のリスクが十分安全なレベルにもかかわらず消費者の不安を煽るような記事が目についたため、これらを集中的に採り上げておりました。今月は逆に「消費者市民が本当に回避すべき食の安全に関わるリスクは何か」について解説したいと思います。実際のところ食中毒の健康被害が相当数発生している「食の安全」の問題は「食品の微生物汚染」であり、SFSS主催のフォーラムで本件を採り上げたばかりですので、こちらをご参照ください:

◎食の安全と安心フォーラム15
『食の微生物汚染:リスク低減のポイントを議論する』(2018.7/25)開催速報

 http://www.nposfss.com/cat9/forum15_sokuho.html

 本フォーラムの冒頭にて、東京大学食の安全研究センター長・教授の関崎勉先生より「食品由来感染症:近年の状況」と題して、近年発生している食中毒の患者数が多い原因病原体としてノロウイルス(年間1万人前後)とそれに次いでカンピロバクター菌(年間2千~3千人)があるとの厚生労働省食中毒統計のデータをご紹介いただいた。食中毒の原因病原体としては腸管出血性大腸菌(O157など)やサルモネラなどのほうがマスコミ報道で目立つのは、死亡事例が発生することにより重篤度・インパクトが大きいからだが、健康被害の頻度からいうとノロウイルスとカンピロバクターの食中毒リスクはかなり大きいと言えるだろう(とくにカンピロバクターは死亡例の報告がないため、名前すら聞いたことがないという方もいるかもしれない)。

 ほかにも食中毒の原因として毎年報告されているのは、フグやキノコ・山菜・観葉植物などの自然毒のほか、ほとんどが病原微生物(細菌・ウイルス・寄生虫など)であって、食品添加物・残留農薬・遺伝子組換え食品・放射能汚染といった消費者が忌み嫌う「食品ハザード四天王」は影も形もないことがわかる。すなわち、われわれ消費者市民が真剣に回避すべき「食の安全」に係るリスクは確定的実害の起こる食中毒微生物が最優先であり、食品添加物・残留農薬・遺伝子組換え食品・放射能汚染・原料原産地情報などはあくまで「食の安心」の課題であるとの理解が重要だ。

 この食中毒の原因微生物として、今回とくにカンピロバクターを採り上げたのは単に患者数が多いからという理由だけではない。上述の関崎勉先生のご講演の中で、ノロウイルス・腸管出血性大腸菌・サルモネラなどによる食中毒事例において、その原因食品が不明に終わることが多いものの、判明した原因食材が想定外のもの(二次汚染)が多数含まれるのに対して、カンピロバクターでは原因食材が想定内、すなわちほぼ鶏肉に絞られるということは注目に値する。言い換えると、ノロウイルス・O157・サルモネラなどはこれらを回避するための食材(容疑者)が絞りにくいのに対して、カンピロバクターは容疑者がほぼ鶏肉とターゲットが明確であるため食中毒予防策がとりやすいということだ。

 またカンピロバクターの原因食品は、鶏肉の加熱調理品というより明確に鶏肉の生食(もしくは不十分な加熱調理品)に絞られることがわかる。すなわち、鶏刺、鶏レバー刺身、鶏ささみユッケ、鶏ささみタタキ、鶏むね肉カルパッチョ、生つくね、焼き鳥などなど、鶏肉の生食もしくは不十分な加熱調理品を回避すれば、年間数千人もの患者が発生しているカンピロバクター食中毒を予防することは可能ということだ。しかも、こういった鶏肉の生食メニューを客に提供して食中毒を起こしてしまう外食店の最大の落とし穴は、新鮮な鶏肉を使用して適切な温度管理・食品衛生管理がされていれば、カンピロバクターの汚染は防ぐことができるはずという過信にあるのだ。カンピロバクターは新鮮な鶏肉ほど菌数が多いと言われており、冷蔵もしくは冷凍保存されている限りその菌数が落ちていくため、食中毒リスクは下がっていくとのこと:すなわち、「鶏肉の生食は新鮮なものほど危険!」ということなのだ。

 少し古い情報だが、鶏肉生食の危険性がわかりやすく説明したサイトを以下で参照されたい:

・堺市 「注意!鶏肉の生食による食中毒が増えています!」更新日:2015年9月15日
 http://www.city.sakai.lg.jp/kenko/shokuhineisei/shokuchudokuyobo/torinikunona
 mashokunichuui.html

 では、なぜ外食事業者がカンピロバクターに汚染された鶏肉を仕入れてしまうのか、と疑問に思われる方も多いだろうが、その点については市場に出ていく鶏肉の生産プロセスに課題があるということを、宮崎大学産業動物防疫リサーチセンター長・教授の三澤尚明先生が上述のSFSSフォーラムにて詳しく説明してくださったので、講演レジュメをご参照いただきたい:

◎食の安全と安心フォーラム15(2018.7/25)より
『カンピロバクター食中毒のリスク低減に立ちはだかる課題』
 三澤 尚明(宮崎大学産業動物防疫リサーチセンター長・教授)

 http://www.nposfss.com/data/forum15_misawa.pdf

 三澤先生たちの研究報告として、鶏肉の食鳥処理場における生産プロセスの中で、どうも脱羽工程においてカンピロバクター菌の汚染が増えていることなどが判明した(講演レジュメのスライド#10-#11)ものの、あまりにも課題が多すぎて諸々のカンピロバクター汚染予防対策を実施するだけの経済的メリットがないというのが生産現場の実情のようだ(講演レジュメのスライド#13)。単純に考えると、もし生食用鶏肉の生産をするのであれば、食鳥処理場での生産工程において重要管理点(CCP)を設けて、確実な殺菌工程をモニタリングすれば、理論的にはカンピロバクター汚染を100%シャットアウトできるはずだが、生食用で加熱殺菌は意味がないため、次亜塩素酸水等による殺菌料の効果が十分得られなければ制御困難ということなのだろう。

 カンピロバクター汚染のない鶏肉だけを生食用に選別すればいいじゃないかとの議論もあるだろうが、全ロットで細菌検査をやっていては経済的損失が大きすぎるし、そもそもランダムサンプリングでは「そのロットで100%汚染なし」との保証もできない。ということは、現時点で鶏肉の生産現場におけるカンピロバクター汚染に対する有効なリスク低減策はない(三澤先生はご講演の冒頭で「結論を言ってしまうと、打つ手なし」と言われたほどだ)とのことで、結局のところ現時点で市場にでている鶏肉は「喫食前に加熱調理されることが大前提」というほかはないのだろう。

 こういった食鳥処理場での現状を踏まえて、三澤先生たちが市販鶏肉のカンピロバクター汚染実態調査をされた試験成績(ご講演レジュメのスライド#20:2003年の若干古い学会報告)によると、カンピロバクター菌が分離できた市販鶏肉は128検体中96検体で市場に流通している鶏肉の実に75%はカンピロバクター菌に汚染しているとの実態が明らかになったそうだ。だとすると、カンピロバクター食中毒患者が年間数千人では済まないのではないかと想像されるところだが、陽性だった検体のうち分離菌数が100g中1000個以上だったのはわずか4検体(4.2%)ということで、実際食中毒にいたるような菌数が分離されたのは市販鶏肉の約3%だったということであった。

 三澤先生は今回のご講演の中でこの状態を「ロシアン・ルーレット」と評された。上述の市販鶏肉実態調査データから算出すると、宮崎の居酒屋さんでよくみかける「鳥刺し三点盛り」を10回食べたら、だいたい1回は当たる可能性ありということで、6回に1回当たる「ロシアン・ルーレット」と比較しても、たしかに大きな違いじゃないと妙に感心した次第だ。もちろん確実に死んでしまう「ロシアン・ルーレット」と比較したら、死亡事例の報告がないカンピロバクターのリスクは重篤度の面で小さいのは事実だが、だからといって食中毒に当たるかもしれないという綱渡りをあえてするのは如何なものか。

 また、カンピロバクター感染での死亡事例はないものの、怖い情報としてカンピロバクター食中毒により「ギラン・バレー症候群」を発症するという事例がある(発症率は0.1%程度)とのこと。致死的な神経症状を呈する場合もある難病のようなので、カンピロバクター食中毒そのものによる死亡例がないからといって軽く扱うのは要注意と言えるだろう。「いやいや、これまで鳥刺しを食べて当たったことはないよ」と言われる方は、おそらくこの100回に3回の確率にたまたま当たらなかっただけで、運がよかったということだろう。外食においては、鶏肉の生食メニューを選択しないことでカンピロバクターによる食中毒は回避できるが、家庭の台所においては購入した市販鶏肉がある確率でカンピロバクターに汚染されていることを認識し、鶏肉そのものを十分加熱調理することは当然として、ほかの食材への二次汚染が起らないよう、まな板や調理器具などの消毒に十分注意していただきたいと思う。

 カンピロバクターによる食中毒予防のコツについては、食品安全委員会のサイトをご参照ください:

◎カンピロバクターによる食中毒にご注意ください(食品安全委員会)
 http://www.fsc.go.jp/sonota/e1_campylo_chudoku_20160205.html

 以上、今回のブログでは実際の健康被害が発生している「食の安全」に係るリスクとしてカンピロバクターについて詳しくご紹介しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションの学術啓発イベントを実施しており、メディア等からの取材もお受けしておりますので、ご興味のある方はSFSS事務局までいつでもご連絡ください。⇒ info@nposfss.com

◎食の微生物汚染・リスク低減を議論(食の安全と安心を科学する会)
「鶏卵のサルモネラ、鶏肉のカンピロもテーマに」 ~鶏鳴新聞8月15日号~

  詳細はこちら⇒<鶏鳴新聞2018年8月15日号/PDF342KB>

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com