食品安心表示の落とし穴

[2013年11月11日月曜日]

 今回は、昨今報道が続いている食品虚偽表示問題について考察してみたい。

 食品偽装の問題は別にいま急に始まった問題ではないが、今回のケースは大手企業、特に老舗と呼ばれるホテルや百貨店から立て続けに起こったことが特徴と言えよう。「食の安全」については何ら問題がない事件にもかかわらず、連日の謝罪会見や経営トップ辞任にまで発展した事態は異様とも思える光景であったが、なぜこうも高級ブランドと言われるサービス産業大手が総崩れになったのか。

 ホテルや百貨店のレストラン・デパ地下などで販売される調理メニュー・加工食品の場合、もともと原産地表示の義務はないわけだが、どうしても「○○産」などと表示をすることで、高級ブランドを強調したり、中国産ではないことで顧客を安心させようという意図がうかがえる。これが、いわゆる「強調表示」、「安心表示」の目的であろう。

 今回問題が発覚したケースでも、「欧州産」「国産」などと表示していたメニューが実は「中国産」を使用していたというが、本来表示の義務がないものなので、原産地は非表示でよいにもかかわらず、そんな浅薄なミス(たしかに「誤表示」?)をしてしまう原因は、いつも筆者が唱えている消費者の「食品情報過敏症(フード・インフォマフィラキシー)」ではないだろうか。

 高級レストランへの消費者からの声で、「まさかお宅は中国産なんか使ってないわよね?」「放射能検査で当然不検出のものしか扱っていないよね?」などという威圧的なお問い合わせが多いと、老舗のブランドとしてはお客様の期待に答えていく使命がある。

 ところが、デフレ不況のあおりを受けて、食材仕入れ担当者としては原価低減のために、食材を選ばざるをえない状況に追い込まれているケースが多いであろう。さらに上流にいって、老舗レストランに食材を納入する業者にとっても、価格をたたかれてしまうと、原産地を偽ってでも納めようかという誘惑にかられる可能性がある。その中国産食材が味にも安全性にも全く問題がないとしたら、「この程度の誤表示は許されるだろう」と考えてしまうリスクはさらに高まってしまう。

 老舗の高級ブランドがそんなことをするはずがないと思われるかもしれないが、問題を起こした当事者は老舗ブランドを背負っていないのだから、結局目の前の利害関係に左右されて、虚偽表示を誘発してしまったことになる。

 いままでは特に気にもしていなかった虚偽表示が、急にマスコミ報道されはじめ、経営トップの辞任問題にまで発展したことで、これは大変だと全国の老舗ホテル・百貨店・レストランの一斉内部調査が実施され、あぶりだされた虚偽表示が足並みのそろった謝罪会見として報告された。まるで「赤信号、みんなで渡れば怖くない」といった風景になったわけだが、今回の件で失った老舗ブランドへの信頼ははかり知れないものだ。

 消費者はもともと、「さすが○○ホテルさん、やっぱり料理が抜群にうまいよね」という感じで、老舗ブランド自体への信頼が「食の安心」を不動のものにしていたと思われるが、今回まったくする必要のない「安心表示」が虚偽表示だったことで、「食の安心」だけでなく、老舗ブランドへの信頼にまで傷をつけてしまった感がある。

 今後は、老舗ブランドへの信頼を回復させるためにも、まずは従業員も含めた関係者に対して、その店の看板である老舗ブランドを守ることが最優先と意識づけ、個々のメニューについては、くれぐれも慎重な判断(無理な「安心表示」は避ける)と定期チェックをするよう、トップが指示すべきであろう。

 また消費者サイドでも、「国産だから安全」「欧州産だから美味しい」「放射能検査済みだから安全」などの短絡的なリスク誤認を改めていく必要がある。われわれが食の安全を正しく理解して、「食の安心」を正当に判断できるようになれば、きっと今回のような「安心表示」の落とし穴の問題は世の中からなくなるように思う。はやく「食品情報過敏症」をこの世から駆逐したいものである。

 NPO食の安全と安心を科学する会(SFSS)では、今後もこういった「食の安心」に関するコミュニケーションの問題を議論していきたいと考えています。理事長雑感だけでなく、リスクコミュニケーションのフォーラムも開催予定ですので、皆様、ふるってご参加ください。

(文責:山崎 毅)