『脆弱な消費者が自らリスク回避できる社会』

[2016年7月18日月曜日]

 このブログでは食品のリスク情報とその双方向による伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、今月は小児、高齢者、妊婦/授乳婦、疾病罹患者/障害者など、いわゆる「脆弱な消費者」が受けるリスクの特徴と、そのリスクを自ら回避できる社会の構築が可能かどうか、考察してみたい。

 まずは、安全学に詳しい明治大学名誉教授向殿政男先生が解説された「ISO/IECガイド51の2014改訂版」に登場する改正ポイント1の「脆弱な消費者」をご参照いただきたい:

◎向殿政男 (2015) 『ISO/IECガイド51 2014改訂について』
 https://conference.japan-certification.com/wp-content/uploads/SASUM14_Lecture_materials_01_0918.pdf

 製品安全の国際規格として上位概念である「ISO/IECガイド51」に、COPOLCO委員会による消費者視点の改訂がなされた中で、とくにこの「脆弱な消費者(vulnerable consumers)」すなわち、「一般的に被害を受けやすい立場にある消費者」が重視されていることは注目に値する。食品安全においても、小児や高齢者など自ら健康リスクに立ち向かう抵抗力/免疫力が健康な成人に比べて弱いため、リスク回避に関してもより慎重な対応が必要となる場合が多い。微生物感染が原因となって起こる食中毒でも、健康な成人の場合には入院程度で済む場合でも、乳幼児・高齢者・病人など脆弱な消費者の場合には死にいたるケースが十分にありうる。

 食中毒の原因微生物としてもっとも発生件数が多いと言われるノロウイルスに関しても、はげしい下痢や嘔吐などの症状を呈して入院したとしても、ノロウイルス感染が直接的な原因で死亡にいたることはほとんどないものの、病院などでの集団食中毒では高齢者が吐しゃ物を気管につまらせるなどして、窒息や誤嚥性肺炎を併発して死亡する事故はよく起こるようだ。

◎食の安全・安心Q&A 特別企画「ノロウイルスによる食中毒について」
   (国立医薬品食品衛生研究所の野田衛先生にきく)

 http://www.nposfss.com/cat3/faq/norovirus.html

 その意味でも、とくに病院・介護施設・老人福祉施設むけの給食や仕出し弁当、旅館や飲食店での料理など、高齢者が口にする料理でノロウイルス汚染のリスクが比較的高いものについての予防策が常日頃から十分にされてしかるべきであろう。関連する食品事業者の方々が、上述の食の安全・安心Q&Aのノロウイルス感染経路についてよく学び、ノロウイルスに感染した従業員(とくに症状の出ない不顕性感染者)がいることを十分想定した危機管理対策が必要だ。まさかうちの従業員にはノロ感染者などいないだろうという希望的観測は非常に危険と心得るべきであろう

 このノロウイルスの集団食中毒の場合と同様、食品中のハザードが直接的原因で起こる死亡事故ではないものの、「不慮の事故」として扱われるものに「食べ物による窒息事故」があり、咀嚼や嚥下機能の低下した乳幼児や高齢者など、これも「脆弱な消費者」が被害に遭うケースがとくに多いことがわかる:

◎『食べ物による窒息事故を防ぐために』内閣府食品安全委員会(平成21年12月17日更新)
 https://www.fsc.go.jp/sonota/yobou_syoku_jiko2005.pdf

 お餅やこんにゃくゼリーなどが窒息の原因になることはよく知られているが、普通にごはん、パン、ピーナッツ、飴などがのどに詰まって窒息事故になるケースは意外に多く、咀嚼・嚥下機能が十分でない乳幼児の保護者や高齢者とその介護者は食塊の大きさや固さには十分な注意を払う必要がある。年代別の食べ物による窒息の死亡事故件数をみると、乳幼児よりは高齢者による事故件数が圧倒的に多く、45歳~65歳でも毎年500件前後の食べ物による窒息死亡事故があるということは、咀嚼や嚥下機能の衰えを認識できていない熟年世代の消費者も「脆弱な消費者」の範疇にすでに入っており、若いころの自分をイメージしたままで不用意に食事をすることの死亡リスクをもっと告知していく必要がありそうだ。

 実際、食品中のハザードが直接的原因で死亡につながるケースというのは日本では非常にまれであり、上述のような不慮の事故として人口統計データで扱われる場合が食品の関連した死亡件数としてはかなり多いように見えるが、食品が脆弱な消費者に対しての潜在的死亡リスクにつながる問題として、筆者が常に問題提起しているのが「いわゆる健康食品」の違法クレームだ。すなわち、がんなど重篤な難病に罹患した「脆弱な消費者」に対して、がん治療効果と副作用のないことを暗示した高額の健康食品/自然食品を売りつけていく違法ビジネスにより、がん患者さんたちが医師による適切な治療の機会損失に陥り、寿命を短くしているケースは毎年相当数あるのではないかと推測する(人口動態データにはまったく顕れない数字だ)。最近のがん治療の医療技術はめざましく発展しており、がんの種類にもよるが5年生存率がかなり上がっているものも多いと理解している

 「溺れる者は藁をもつかむ」という状況にあるがん患者はまさに「脆弱な消費者」であり、そんながん患者さんたちの弱みにつけこんで、明確な臨床エビデンスのない高額の健康食品を売りつけるとともに、医師による治療では酷い副作用が出るようなことを暗示するような悪徳商法があることは大変残念だ。たとえそのような違法クレームは一切していないと健康食品メーカーが言ったとしても、がんに効果ありとの文献情報等が世の中に流れているなら、それに便乗した販売方法が流通で起こってもしかたない状況になり、それを黙認していることも決して社会的にはよい商習慣とはいえないであろう。

 そこで筆者が訴えているのが、世の中の健康食品メーカーがもっと「機能性表示食品制度」を活用することで、「脆弱な消費者」である疾病罹患者を守ろうというものだ。いまの「いわゆる健康食品」の最大の問題点は商品ラベルに「機能性表示」がまったく書いてないことであり、その商品が何のための健康食品か消費者に説明されていないことと思う。「機能性表示」が書いてないと、ついつい流通サイドで「どうも癌にいいらしい」などと薬事法違反のクレームがついてしまうのだ。もしくは消費者からの問合せで「がん患者によいのか?」ときかれると、「う・・うん」とあいまいな肯定の回答をメーカー側もしてしまいがちなのだろう。

 だからこそ、きちんとした臨床エビデンスがある機能性に限り、企業裁量で表示できる今回の新たな制度は非常に意味があるわけだ。消費者にとっても、どんな機能性の臨床エビデンスがあるかが明快にわかるため合理的選択が可能になると同時に、「がん患者にもよい」などという違法クレームが流通で起こりにくくなるため、上述のがん治療機会損失につながらず、間接的ではあるが脆弱な消費者の死亡リスクを大幅に低減できる可能性が高い。食品に疾病の治療効果があるはずはなく、もしあるとしたらそれは医薬品として開発されるべきもので、食品の場合は身の丈にあった健康維持効果/疾病のリスク低減効果/QOL改善効果までが社会でゆるされる範疇と考えるべきだ。

 機能性表示食品制度に関しては、筆者が取材を受けた健康産業流通新聞の記事を、以下でご参照いただきたい:

◎厳しい機能評価必要か SFSS山崎毅理事長に聞く
   (健康産業流通新聞 平成27年8月20日付)

 http://www.him-news.com/news/view/1922

 以上、今回のブログでは「脆弱な消費者」を対象に、食品に起因した死亡リスクの回避策について考察しました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください:

◎食の安全と安心フォーラムXII(2/14)活動報告
 『食のリスクの真実を議論する』@東京大学農学部中島董一郎記念ホール
 http://www.nposfss.com/cat1/forum12.html


◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2016(4回シリーズ)
 http://www.nposfss.com/riscom2016/


 また、当NPOの食の安全・安心の事業活動にご支援いただける皆様は、SFSS入会をご検討ください。(正会員に入会するとフォーラム参加費が無料となります)よろしくお願いいたします。
◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
 http://www.nposfss.com/sfss.html

(文責:山崎 毅)