フードサイエンス棟竣工記念シンポジウムⅠ

 



-特 別 講 演-
「食育のすすめ―大切なものを失った日本人―」
服部 幸應
(学校法人服部学園理事長・校長/医学博士/健康大使)

「食」はすべての生活の原点であり、食育を通して家族や社会の絆と文化が生まれます。本日は、ともすれば私たちが忘れがちな「食」の本来の姿を見つめなおし、将来にわたって日本人が日本人として、また世界で活躍する世界人として生きていくための知恵を服部幸應先生にご講演を頂きます。

服部幸應(はっとりゆきお)先生のご紹介

(学)服部学園 服部栄養専門学校 理事長・校長/医学博士。健康大使。
東京都出身。立教大学卒。昭和大学医学部博士課程修了。
食育を通じた生活習慣病や地球環境保護の講演活動に精力的に取り組んでいる。 (社)全国調理師養成施設協会会長、(社)全国栄養士養成施設協会副会長、内閣府「食育推進会議」委員、「早寝・早起き・朝ごはん全国協議会」副会長など厚生労働省・農林水産省・文部科学省の委員、東京都「調理師国家試験検討会」・「食品安全情報評価委員会」委員他多数を歴任。
著書に「食育のすすめ」(マガジンハウス)、「食育の本」(ローカス)、「大人の食育」(NHK出版)、「料理のジョーシキ・ヒジョ ーシキ」(主婦と生活社)、「こどもと囲む団らん食」(小学館)など多数。

-教 育 講 演 Ⅰ-
「食を科学する」
野口 孝則

(厚生労働省健康局総務課生活習慣病対策室・老健局老人保健課・栄養管理係長
博士(人間・環境学)、管理栄養士、臨床検査技師)

はじめに
「食」は、命ある限り続ける義務的行動であるのと同時に、近年「食育」が大きく展開されているように、「知・徳・体」の源として人間らしさを司る重要な因子でもある。さらには、多種多様な食品の組み合わせを創造(調理)し、五感で味わい、美味しさとともに最大限の喜びを感じつつ、親から子へと家庭の生活文化を伝承し、「同じ釜の飯の仲」と言われるように、人間同士の絆を深めるコミュニケーションの中心にある。もちろん、食に関する全ての過程(生産、加工、流通、小売、調理、喫食)において、安全・安心が大前提である。
本日の教育講演では、これまで私が携わってきた研究・教育・行政の3職種の経験から、「食を科学する」ことの面白さや楽しさ、その一方での難しさについて一人の若手研究者として考察したい。

「食を科学する」ための対象や方法
食を研究対象として捉える場合、食品、人間、環境レベルなど多様な対象があり、それら複数の組み合わせで無限の研究テーマの設定が可能である。
具体的な研究対象としては、①栄養素(イオン、原子、分子、複合体)、②食品(成分、物性、機能性)、③食事(調理法、料理、提供法)、④喫食(方法、時間、環境)、⑤人間の身体・生理機能(遺伝子、感覚受容、消化・吸収、代謝)、⑥人間の健康(身体、精神、性・年齢別、活動状況)、⑦人間の知識・意識(学習、記憶、意識・無意識)、⑧人間の心理・行動(快・不快、幸福感)、⑨食環境・食経済(生産、加工、流通、消費、広告、情報)、⑩法・基準、などがあげられる。
一般的な「食を科学する」実験手法としては、対象に応じた適切な調査方法や期間を設定し、時系列や暴露変化を設けた観察や実験的研究を実施し、因果関係を解明することであり、食に関する研究は、多様な大学学部において研究が積み重ねられ学際研究に発展している。
私自身が関わってきたこれまでの研究成果とその課題
私はこれまで、研究テーマを「保健・医療・福祉における実践栄養学」と掲げ、研究を行ってきた。具体的には、ライフステージに応じた健康づくり活動、医療機関での臨床栄養管理と食事サービスの機能的な連携、健康増進を目指した食品(地域特産加工品)の研究開発と食育への応用、食による循環器疾患および脳神経疾患の予防・治療に関する研究、美味しさと健康について、などである。

「食を科学する」研究についての考察~一人の若手研究者の悩み
研究者が誰もが自分自身の研究に対して常に疑問を感じ続けるものであるが、「食を科学する」研究分野では、私自身、研究の目的や結果と官営栄養士としての実践現場との間のギャップに迷い悩むことも多い。
子どもたちの食育の成果は、何を持って科学的な研究成果として発表することが出来るのか。人間を対象とした研究を実施する場合、食事のコントロールは大変困難を極めること、食事介入試験には限界があること、意識調査や行動調査を実施した場合の誤差が食事成分誤差を大幅に超えていること、など、研究データの意味がわからなくなることも多い。
さらに、高齢者に対する最適な食事とは、どのようなものだろうか。命あるものは必ず加齢により機能維持が困難となるものであるならば、高齢者においては、食事介入試験によって身体・精神機能の改善がみられなかったとしても、「現状維持」という結果は大変重要であろう。したがって、統計学的有意差がみられないデータであっても、論文として採択し、公表することにより現場での実践活動には有効となるだろう。
動物実験、臨床知見、疫学研究などの積み重ねにより科学的根拠が多く発表される現在において、機能性を重要視した栄養教育(栄養指導)が重要とされる。しかし、機能性食品には際限がない。管理栄養士は、情報収集を継続し、科学的根拠の見極め方や情報発信のあり方の検証は必須である。それとともに、目の前にいる患者、利用者、メタボ、子どもに対して提供すべき「本当に効果的な食」の内容について考えねばならない。その際、機能性を有するとされる食品の機能(メカニズム)は?その機能を医薬品、医薬部外品と比較した時には?調理、加工時にも機能は維持されるのか?個人差を考慮可能か?などと考えると、たった一度の献立すら複雑な要因が重なり、解が得られない。

「栄養ケア・マネジメント」における生活の質(QOL)を向上させる食とは?
近年、管理栄養士業務の中心に「栄養ケア・マネジメント」の考えが幅広く浸透している。栄養ケアとは、栄養の観点から対象者をみる(見る・観る・看る・診る)ことであり、チーム医療やチームケアの一環として、1人ひとりの栄養状態を評価して、最適な個別の栄養ケアを効率的に提供するシステムのことである。実践栄養学の最終目標を、栄養状態改善によるQOLの向上であるとすると、「人間が元気になる食とは何か?」という本質について問い続けることが必要になる。その際に、対象者に最大限求められる食は、その個人ごと、さらにはその時ごとに異なってくるものである。
食に限らず人間はわがままである。実験動物とは違い、個人個人の食行動を限定し、毎日の食を固定して提供することは現実には不可能であるからこそ、メタボ対策でも施設給食でも、その人の食べたいという気持ちを促し、食を進ませることにつながる「食の多様性」が元気の源である可能性も否定できない。

美味しさ(を感じながら食べること)が、健康につながる
最後に、食べ物の嗜好が、人の疲労感や精神的ストレスや生体反応に与える影響の違いについての研究結果を記す。これは、食事がもたらす精神的ストレス軽減作用と生体反応についての検討を目的とし、食嗜好とストレス指標の関連を調査した結果、「美味しい」「好き」という気持ちで食事をすることが、精神的ストレスや自覚症状改善につながることが示唆された。
食が私たちの体や心に与える影響は、食品の組成成分に由来するところも大きいが、これからの「食の科学」においては、食を受け取る私たち人間側の気持ち次第で、食の効果・効能は増減することを念頭におくべきであり、喫食環境や食に関する情報によって、さらなるQOL向上につなげることが可能となることも考えられる。また、今後の食のあり方として、消費者意識を変化させることも継続しつつ、研究者と企業と政府が一体となって、「意識せずに(無意識なうちに)」健康な体や心を維持・増進することが出来る社会づくりのために協働・連携することが必要かもしれない。

野口 孝則

略歴:1973年福島県会津生まれ。1996年神戸学院大学栄養学部栄養学科卒業。管理栄養士。臨床検査技師。2001年京都大学大学院人間・環境学研究科文化・地域環境学専攻博士後期課程修了。京都大学博士(人間・環境学)。2001年4月から理化学研究所脳科学総合研究センター行動遺伝学技術開発チーム研究員(10月より基礎科学特別研究員)、2003年10月より神戸学院大学栄養学部講師、2007年4月より公立大学法人福岡女子大学人間環境学部准教授、2010年4月より現職。   連絡先:takanorinoguchiphd@gmail.com


-教 育 講 演 Ⅱ-
「食の信頼を向上させるためのコミュニケーション手法:理論と実践」
中嶋 康博

(東京大学大学院農学生命科学研究科 農業・資源経済学専攻)

はじめに
直接の健康被害はでなかったものの、2007年から2008年にかけて食の信頼を揺るがす事件が立て続けに起こり、それは大きく報道された。これらの事件は、ほとんどのものがJAS法に違反した食品偽装事件である。ただし事故米の事件については、農薬が残留したものやカビ毒の問題のあるような米が不正に食用に販売されていたのであり、非常に危険なものであった。
これだけの偽装事件等が発覚し、事件によっては何度も大きく報道された結果、消費者は食のシステムへの不信感を抱くようになった。農水省が設けた「食品表示110番」への通報は2007年半ばに急増した(図1)。その後の推移から判断すると、この時期に構造的な変化が起こったようなのである。2010年になっても問い合わせ件数は高止まりしており、消費者は不信感を抱いたままかもしれない。
f_02_clip_image002.gif事件・事故を起こした企業が傷つくだけではなく、これによって引き起こされた不信感が消費者の間に広く伝播して、根拠のない疑惑や無用な懸念が本来関係していない他の食品企業に向けられてしまいかねない状況にある。そのような雰囲気が蔓延したならば、食品購買時に消費者が商品やメーカーの選択肢が狭まったり、検討のために余分な時間や手間を掛けなければならなくなったりするかもしれない。またこのような状況に身構える企業は多くなり、その対策のために不必要なコストを掛けなければならなくなる。

フードシステムにおける信頼問題
食事は、毎日数度、そして場合によっては不用意にとる。常に慎重に吟味することなど日常的な食事ではとてもできないであろう。しかしほとんど食品は、見たことも聞いたこともない産地から、多くの人々によって手が加えられリレーされて届いているのである。そのような食品を受け入れて口に運ぶには、そもそも信じていなければ到底できないことである。
現代のフードシステム(農業から食卓までの一連の食品事業者群)にとって信頼は必要条件である。それはまさにルーマン1 により社会的な複雑性の縮減メカニズムとして議論された古典的な「信頼」問題そのものであろう。食の信頼は、食品事業者への人格的信頼を基礎にしていることは間違いない。しかし食品の供給構造がますます複雑化していくならば、フードシステムはシステム信頼を獲得できないかどうかを検討すべきなのかもしれない。もし単なる人格的信頼の集合体としてとどまるならば、システムが拡大していく中で、複雑性の縮減は不完全なままであると予想される。
近年起きている不祥事(事件・事故)によって食の信頼が失われていく過程は、山岸2 の議論を援用すれば、食品事業者の食に関する社会的不確実性(相手の行動によって自分の身が「危険」にさらされてしまう状態)を引き起こす可能性が高くなったと、消費者が考えるようになったということを意味する。もちろん食にゼロリスクはありえないことは皆、分かっているはずである。しかしその許容範囲を超えているから不信を感じるのであって、その内容をさらに分解するならば、「相手の能力に対する期待としての信頼」と「相手の意図に対する期待としての信頼」が失われていったのだと解釈される。
フードシステムが拡大していくにつれて、その「相手」は曖昧になる。食品事業者はそもそも意思の明確な個人ではなく、場合によっては1000名を超える従業員から構成される。そのような場合、社会的手抜きが深刻となるという(吉川3 )。社会的手抜きとは、「集団全体の業績は、そのメンバー全員の個々の業績の総和よりも劣る」状況を指している。そして企業という組織だけでなく、企業の集合体であるフードシステム全体で見たときの社会的手抜きも懸念されるのである。
企業規模が大きくなりフードシステムがナショナルワイドになると、ひとたび不祥事が起きた時、その後のリスクの社会的増幅と呼ばれるような影響が大いに懸念される(吉川)。問題を起こした企業だけでなく、地理的、経済的に関係する者がスティグマ(悪いレッテル)をつけられるような風評被害は数多く観察されている。どれだけ慎重な活動をしてみても、リスク発生の確率はかなりの程度下がるかもしれないがゼロになることはない。自らが原因者とならなくとも、巻き込まれてしまうこともある。リスク発生後の対処で鍵を握るのが、リスク・コミュニケーションのあり方である。
食の信頼の分野において、リスク・コミュニケーションが立ち向かわなければならない近年の大きな課題の一つは、新規食品(食経験のない食品や科学技術で開発された物質を利用した食品など)の安全性を説得していくことである。食品市場が成熟化していく中、新製品開発に成功するかどうかは食品事業者のビジネスを左右する。しかし人々の食に対する意識は保守的であり、その壁を越えることは相当困難である。中谷内4 によれば、このようなリスクを管理する者(機関)は、上記で紹介したような、リスクに対処する能力があるとみなされること(能力認知、先の説明では「相手の能力に対する期待としての信頼」)と真面目に取り組むという動機をもっているとみなされること(動機づけ認知、先の説明では「相手の意図に対する期待としての信頼」)だけでは不十分であるという。それらに加えて、リスクをとらえる視点や問題となる要素のどこを重視するかなど、「リスクを管理する組織との主要な価値が類似していると感じられる」こと(価値類似性認知)がなければ信頼できないのだと言う。これは食品企業にとって「消費者目線」ということになるだろう。このコミュニケーションの姿勢は新規食品だけでなく、あらゆる安全管理内容に及ぶものだと理解される。

フード・コミュニケーション・プロジェクト
個別企業の自主的な取り組みを結集させることによって、消費者の食に対する信頼を向上させる「フード・コミュニケーション・プロジェクト(FCP)」が、農林水産省消費・安全局の事業として2008年度から始まっている。この取り組みは、これまでの規制・指導の行政手法と全く異なっている。すなわち、企業が食品安全管理に対して「真面目」に取り組んでいることを社会的に評価して消費者に伝えていく手段とそのことが経営成果に結びつくようなビジネスモデルの開発をしていくというものである 。2010年11月中旬の時点でFCPには食品に関連する697の企業・団体が参加している。
FCPでは、食の信頼向上のために、すべての食品事業者(製造業者、卸売業者、小売業者)が共通して取り組むべき行動のポイントを「協働の着眼点」としてまとめた。これらの項目は、食品関連の大手企業を中心に約70社の食品事業者の自主的な参加・協力によって作成された5 。「製造」「卸売」「小売」の業種別、「消費者コミュニケーション」「サプライチェーンマネジメント」「衛生管理」の観点別に9つの作業グループが編成されて、合計42回の会議を経て完成した。
それはまず16の大項目が示されて、その下には樹形図のような形で中項目(製造業者49、卸売業者46、小売業者49)→小項目(製造業者121、卸売業者90、小売業者116)の順にポイントが列挙されている。どのような事業者であっても利用できる「共通言語」として組み立てられている。協働の着眼点に沿って事業者は自身の経営を振り返りながら、項目それぞれに合わせた取り組み内容を点検して実行していくようになっている。
協働の着眼点における16の大項目は「ベーシック16」として取りまとめられている(図2)。
f_02_clip_image004.gif



















食の信頼回復行動の見える化
事業者は、自らの経営を振り返りながら高度化を図り、食の安心の取り組みを「見える化」するための手掛かりとして「協働の着眼点」を利用することができる。その結果、経営面での効果として以下のことが期待されている。
①自社の取組の充実
・従業員の資質向上
・経営方針の精査・質の向上
・工場・店舗の取組の見直し・改善
②取引先との情報収集・発信の効率化
・監査作業の効率化
・バイヤーと食品事業者との情報交換の効率化
・農商工連携の取組を効果的に展開
③第三者視点の活用による企業力強化
・食品事業者の知識・技術の広がり
・食品事業者への融資機会の拡大
・取引先への信頼向上
・ブランド戦略のブラッシュアップ
④消費者コミュニケーションの充実
・食品事業者と消費者間の相互理解の促進
・消費者の食品事業者の取組に対する理解の深化
・食品事業者の取組に関する情報の効率的な集約・発信
これらの効果を現実のものにするためのツール開発も行われている。すなわち、この「協働の着眼点」をベースにした、原料・商品の監査項目の標準化した工場監査シート、新商品をアピールするための展示会・商談会シート、消費者ダイアログシステム(コミュニケーション手法)、企業格付けなどの開発がすでに行われていて、商談会シートは現場で実際に活用されている。
「協働の着眼点」とは、これまで大手企業が消費者や取引先との信頼関係を維持するために構築してきた食品安全対策とコミュニケーション手法に関するノウハウの固まりである。ベーシック16では、例えば緊急事態での対応に3項目も割かれている。これまでの経験を踏まえ、知恵を集めて、項目を厳選した上で周到に組み立てられた。
体系だって理解しているかどうかは別にして、「協働の着眼点」の内容は多くの大手企業にとってすでに承知していることであるが、これを中小の食品企業に開示することで、取引先の安全管理態勢を格段にレベルアップさせることができる。そのことは自身の経営にとってのリスクを低減させることができる。そして食品業界のあらゆる製造業、卸売業者、小売業者それぞれが個別に取り組み、お互いが取引先同士でつながるならば、フードチェーン全体の食の信頼を高めていくことになるのである 。そしてこの仕組みは、これからの農業の6次産業化にとって大いに有効であることは間違いない。

自発的な取り組みの重要性
食品業界において90年代以降進められた規制緩和は、ある面では偽装表示の多発といった負の側面を誘発することになったのではないかと思われる。その結果、食の信頼は大きく傷つけられた。取引相手間で情報は非対称性であるという問題を背景とした、まさに「悪貨が良貨を駆逐」しかねない状況が常に潜んでいることがあらためて明らかになった。安全で良質な食品を得るために、特別の販売先をわざわざ選ばなければならないなど、すでに一部で消費者は余分なコストを支払っている。
偽装に対しては罰則を強化すべきである。また偽装を見破るための検査や監視の強化が必要である。ただし食品マーケットを発展させていこうとするならば、やみくもに企業行動の規制を再強化することは対策として必ずしも望ましくないだろう。違反する事業者を摘発して市場から退場させると同時に、優良な取り組みを行う事業者が適正に評価されてビジネスを発展できる制度を用意することが求められている。それはまさに、より品質の高い製品をJAS規格品として認証して販売を促進させていくという、これまでのJAS制度が歩んできた道の延長線上にある。ただし、このような優良製品の認証ではなく、優良な経営を消費者に認知してもらうための新たな制度とシステムの開発が必要となってきている 。FCPはその試みの一つである。
戦後の食品安全対策は、食品衛生法とJAS法を車の両輪にして進められてきた。これからの食の安全と信頼の回復も、安全管理面での適切な規制と事業者の自発的な創意工夫とのバランスをとりながら進めるべきである。それらの取り組みが、最新の技術の進歩を有効に活用しつつ国際化の進展に調和させながら、豊かな食を築いていくことに期待したい。


1 ニクルス・ルーマン『信頼-社会的な複雑性の縮減メカニズム』(大庭健・正村俊之訳)勁草書房、1990年(原書は1973年)

2 山岸俊男『安心社会から信頼社会へ-日本型システムの行方』中公新書、1999年

3 吉川肇子『リスクとつきあう-危険な時代のコミュニケーション』ゆうひかく選書、2000年

4 中谷内一也『安全。でも、安心できない...-信頼をめぐる心理学』ちくま新書、2008年

5 詳しくは、農林水産省消費・安全局表示・規格課監修『食への信頼はこう創る!-フード・コミュニケーション・プロジェクト-』ぎょうせい、2009年を参照のこと。


「食の安全研究に関する国内外の最近の動向」
1.細菌性食中毒にみる我が国の食の安全の現況と展望
大 澤    朗

(神戸大学・農学研究科・食の安全安心科学センターセンター長)

2001年11月、ブリュッセルにて開催されたヨーロッパ農水産業会議で欧州協議会委員のフランツ・フィッシャー博士が以下のごとく提言している。
「食料の鎖(Food Chain)は非常に壊れやすい繊細な繋がりです。それゆえに私たちは農業と食品について総合的なアプローチを選択せざるをえないのです。すなわち納屋から食卓(From Stable to Table)まで、あるいは農場からフォーク (From Farm to Fork) までを網羅する総合的なアプローチです。農業と食料に関する政策は互いに切り離して考えられないことです。これからの農業はその供給性ではなく需要性に重きを置き、消費者たちの期待にかなうものでなくてはならないのです。」 我が国の農水産物・食品の管理体制がこの欧州発の提言にいかに、そしてどれくらい迅速に賛同・呼応できるか?これが今、食の安全に対する我々の不信を打開する重要な鍵となっている。 
過去十数年、我が国において食品の安全性に対する国民の信頼を大きく揺さぶるような事件が頻繁に起きている。主たるものとして1996年の腸管出血性大腸菌O157大流行、2000年の雪印牛乳黄色ブドウ球菌汚染、2001年のBSE感染牛の発生、2008年の中国産毒入り餃子事件等が挙げられるが、これらの事例はすべて「天災」ではなく明らかに「人災」である。食品が巷で流通、消費されうる食品であるために不可欠な3条件はその生産性(あるいは経済性)、品質、そして安全性である。上記の3事例はどれも食品の安全性への思慮・配慮、またそれらを実効さるための管理システム不備の結果といっても過言ではない。一般に飲食物を摂取することによって発生するすべての健康障害を「食中毒」と総称するが、この食中毒のほとんどが細菌性の食中毒である。米飯、生卵、刺し身を頻繁に食する日本では、黄色ブドウ球菌、サルモネラ、腸炎ビブリオといった細菌による食中毒事例が頻繁に発生し、その発生率は年々増加の一途をたどっている。この増加傾向の原因として(1)輸入食品の増大、(2)食品の大量生産化、(3)流通経路の複雑多岐化、そして(4)このような現況に即応した検査手法が未開発であることが挙げられる。 

このような背景に鑑み、神戸大学農学研究科は食の安全・安定供給・機能性に関する様々な課題について「農場から食卓」までを網羅する総合的なアプローチをもって取り組むべく、2006年4月に本研究科に我が国の大学機関においては初の食の安全・安心科学センター(Research Center for Food Safety and Security; RCFSS)を設立した。RCFSSは「農場から食卓まで」を視野に入れた農畜水産物・加工食品および病原微生物・有害化学物質の「追跡可能性(トレーサビリティー)」を保証する理論・技術の創出・確立をコア科学分野としている。具体的には1)農畜水産物等や、それらを汚染する恐れのある危害物質等のトレーサビリティーを保証する迅速で精度の高い新規の検出・同定・識別法の開発すること、2)トレーサビリティーの確保によって、健康を害する化学物質および危険生物による食物汚染の発生源を特定し、有効かつ迅速な汚染原因の排除・汚染経路の遮断、再発の予防すること、3)生産地や成分表示等の偽装を抑止し、類似物を区別すること等に取り組んでいる。他方、学内・学外の動植物防疫科学や食材・健康科学に関する研究グループ・研究者と連携して我が国の食料安全保障に関わる総合研究領域を開拓すること、加えて兵庫県、神戸市、(独)農林水産消費安全技術センター神戸センター、コープ神戸などの食品・医薬品会社と連携し、食料安全保障に関わる地域コンソーシアムの形成およびプロフェッショナルな人材育成に取り組んでいる。今後は東京大学食の安全科学センターと連携することにより、上記取り組みをさらに推進してゆく予定である。


「食の安全研究に関する国内外の最近の動向」
2.食の安全研究センターの活動と国内および海外との連携
関崎 勉

(東京大学・農学生命科学研究科・食の安全研究センターセンター長)

今日では、食の安全・安心はわが国や欧米先進国だけでなくアジア地域等の途上国も含めた世界中の国々での大きな関心事となっている。食の安全はあくまでも科学的な評価によってもたらされ、一方で食の安心は情報の公開・提供、危機管理の方策などによってもたらされる。このため我が国では、2003年に食品安全委員会が設立され、食の安全に関する科学的な評価や情報の公開と危機管理が始まった。諸外国においては、米国の米国食品医薬品局(Food and Drug Administration, FDA)・農務省(US Department of Agriculture, USDA)や欧州食品安全機関(European Food Safety Authority, EFSA)を代表とする組織が同様な機能を果たしている。また、国連やその他の国際的組織が、世界の食の安全を守るために様々な行動を起こしている。一方、大学においても食の安全に対する教育・研究を専門に行っていこうという動きが盛んになってきた。
東京大学 農学生命科学研究科に設置された食の安全研究センターでは、食の安全・安心に関わる問題の研究・教育に持続的に取り組み、その活動を通して 学術分野での貢献のほか、国民、行政、企業への情報提供、アジア地域を中心とした留学生、社会人の教育・研究の受け入れを通じた高度な技術と知識を有する指導者の育成、食品安全関連分野の国内機関および国際機関との緊密な連携をめざしている。すなわち、1.食の安全にかかわる評価、管理、情報の研究、病原体研究等、2.食品構成成分の生体影響とその利用に関する研究、3.食品汚染物質の生体影響とその制御に関する研究、4.高機能食品と低リスク食品の開発に関する研究、5.食の安全にかかわる研究者、行政官、その他専門家の育成と啓発、6.アジアを中心とした諸外国の食の安全にかかわる専門家育成を当面の果たすべき役割・業務として掲げている。
現在、専任教員として教授1名、准教授2名、兼任教員として教授14名、准教授7名、さらに特任教授7名の31名の教員を有しており、専門分野も獣医学、応用動物学、水圏生物学、応用生命化学、農業資源経済学、農学国際、経済学等多種多様な専門分野の教員を集めた他に類を見ない研究センターとなっている。それぞれの教員は、各分野において我が国を代表する実績のある研究者でもあり、食品関連企業、行政機関、他の研究機関からの期待も大きいものと推察し、それに答えるべく活動を推進している。具体的には、食品安全委員会、厚生労働省、農林水産省等の政府機関に対しては、安全性評価の科学的データ、試験方法等の提供と、リスクアナリストやリスクコミュニケーター等の専門家の育成が達成できるように研究と教育を行っている。また、国内外の大学、研究所との連携と共同活動を進めることにより、国内の政府機関へ提供する情報のレベルアップを計り、一方で教育の水準向上も目指している。
さらに、国際機関との関係強化も進めている。特に、2009年6月、当センターは、国際獣疫事務局(国連とは別な国際政府間組織、L'Office International des Épizooties、略称OIE)の食の安全に関するコラボレーティングセンターとなった。これにより、OIEの求めに応じて食の安全に関する専門的知識・技術をOIEのメンバーである各国の行政官・技術者等へ提供すると共に、国内および諸外国の食の安全に関係する大学や研究所との連携を深め、互いの共同活動をさらに発展させていくことが求められている。実際、当センターの教員が国外の大学(コロラド州立大学、ワシントン州立大学、マッセイ大学、カセタート大学、チェンマイ大学等)を訪問し、食の安全研究と教育に関する連携の具体化協議を進めている。また、国内の他の大学の食の安全に関する取組みについても注目しており、今般、神戸大学大学院農学研究科に設置されている食の安全・安心科学センターとは、教員個別の共同研究を超えたセンター同士の連携を深めていくということで具体的に活動を開始した。

このように、国内の大学・研究所における食の安全研究の情報を把握すると共に、国外の大学・研究所や国際機関との関係を密接に保ち、両者の橋渡しをすることが我が国における東京大学食の安全研究センターに課せられた重要な役割の一つになるものと考えられる。今後の食の安全研究センターの活動に対して、温かいご支援とご理解を賜りますようお願い申し上げます。


「食の安全と安心を科学する会」の紹介
山崎 毅

(NPO食の安全と安心を科学する会(SFSS)理事長)

SFSSがめざすゴールは、世の中の「食の安全と安心の最適化」です。

1.SFSS設立の趣旨とミッション
NPO食の安全と安心を科学する会(SFSS)は、「食の安全と安心」に関わる科学的研究と学術啓発活動の「橋渡し」役を担うことで、生活者に対して「食の安全と安心」に関する科学的情報を中立的かつわかりやすく提供し、わが国における生活者と食料生産者およびフードチェーン全体の健全な繁栄に寄与することを目的として設立された。

2.SFSS設立に至った経緯
近年になって、生活者の食の信頼を揺るがす大きな事例が頻発するようになってきた。BSE、O-157、黄色ブドウ球菌毒素混入ミルク、輸入食品中の有害化学物質(非認可農薬、メラミン)の混入、汚染米の不正流通、食品産地偽装など数多くの社会的問題が発生している。日本は世界各国の中でも有数な食料輸入国であり、消費者の国である。食の多様化と相俟って、食の安全に関するリスク情報も氾濫しており、生活者が何を信じてよいのか困難な状況になっている。
生活者が、自らを守るために、日常生活に密着した食の安全に関する客観的な情報の共有が非常に重要な社会的課題となってきた。一方、ともすれば不必要、不適正な風評によって甚大な損失を受ける生産者や食品関連事業者が少なからず存在することも事実である。そのため、真の幸福な社会を築くためには社会全体として国益を損なうことのない相互信頼関係の樹立が喫緊の課題といえる。
上記の社会的背景を鑑み、食の安全と安心に関わる中立的で科学的な研究成果情報を生活者に提供するとともに、生産者および食品関連事業者との間で緊密な情報交換と研究推進を行うための橋渡しを担うべく、科学に従事する専門家を中心とした市民団体の存在が不可欠であることを認識し、本会の設立に至った。

3.SFSSの事業活動

定款第5条より:

  1. 食の安全と安心に関する研究の推進(委託研究や研究者育成等)
  2. 食の安全と安心に関する学術啓発活動(シンポジウム、セミナー、座談会、研修会等の開催、運営、およびその広報活動)
  3. 食の安全と安心に関わる中立的かつわかりやすい情報公開 (インターネットや季刊誌等)
  4. その他、上記に関連して発生する活動

 

4.SFSSの事業活動へのご協力のお願い

  1. 賛助会員の募集

当会のミッションにご賛同いただき、事業活動をご支援いただける方。(主に企業)
食の安全と安心に関する委託研究やコンサルティングを希望される方。(主に企業)

  1. 正会員の募集

当会のミッションにご賛同いただき、事業活動に参画いただける研究者またはそれに準ずる活動をされている方。

上記会員への入会にご興味のある企業様または個人様は、以下にお問い合わせください:
「SFSSご支援のお願い」

>>ページ先頭に戻る