「安全宣言」の勇気、迅速に謝罪する勇気

[2017年8月13日日曜日]

 "リスクの伝道師"ドクターKです。今月は行政組織や企業のトップが備えるべき資質としての2つの勇気:すなわち毅然と「安全宣言」をする勇気と、迅速かつ粛々とした謝罪をする勇気について解説したいと思います。まずは、豊洲新市場移転の最終局面において、市場PTが東京都への提言を発表した記事をご参照いただきたい:

◎豊洲市場 移転問題 安全宣言必要なし 市場PTが最終報告書案 /東京
 毎日新聞 2017年8月5日 地方版

 https://mainichi.jp/articles/20170805/ddl/k13/010/079000c

 築地市場の仲卸業者さんたちも、豊洲移転の条件として小池都知事から「豊洲市場の安全性がしっかり確認された」との安全宣言を求めているとのこと。豊洲市場でこれから商売をするにあたっては、小池都知事自らが豊洲市場の安全性を確約してくれないと、顧客が安心できないので困るのは当然だろう。ところが8月4日に開かれた市場PT最終会合にて、小島敏郎座長は「豊洲市場用地は法律的・科学的に安全であり、被害が生じているわけでもない。ことさら『安全宣言』というのも奇妙」として、知事の「安全宣言」というパフォーマンスではなく、今後も地下水モニタリングを続行し、継続的に安全性を検証する必要性を説いたとのことだ。

 本ブログを何度もお読みいただいている皆様にとっては、このニュースがなんとも奇異に感じられたのではないだろうか?なぜなら筆者は今回の豊洲市場移転問題に関して、一貫して小池都知事の豊洲安全宣言がMUSTであると主張していたからだ。最近刊行された「日経エコロジー9月号」の対談記事においても、「(豊洲移転問題では)今、市民に最も信頼されている小池百合子都知事が市民に丁寧に説明するしかないのではないでしょうか。今後は、豊洲の安全宣言に向けて全力を注ぐべきです。」との見解を述べたところだ:

◎論点争点『豊洲市場移転 議論の教訓 -市民不在が信頼損ねる 問われる「専門家」の役割-』
 ・神里 達博(千葉大学 国際教養学部 教授)
 ・山﨑 毅(食の安全と安心を科学する会 理事長)
 日経エコロジー2017年9月号(8月8日発行)、p46-p49

 http://business.nikkeibp.co.jp/ecos/mag/

 リスコミの最重要ポイントは、「食の安全」に関わるリスク評価結果を市民に伝える情報発信者が誰かということだ。すなわち、市民からの信頼度が高い人物からの情報発信ほど、そのリスク情報に対する市民の信用も理解度もあがるため「食の安心」が得られるのであり、豊洲新市場で扱われる生鮮食品の「食の安全」に関わるリスク評価であれば、中央卸売市場のリスク管理責任者である東京都のトップ=小池都知事が多くの都民の信頼を得ている現状では、リスコミ発信者として最適任という考え方だ。

 何度か本ブログでもとりあげた向殿政男先生(明治大学名誉教授)が提唱された方程式:「安心=安全X信頼」に基づいて、土壌汚染対策専門家会議の平田座長が明言されたとおり豊洲市場の「食の安全」(いわゆる「地上の安全」)は確保されているのだから、このリスク情報を都民に最も信頼されている小池都知事から発信していただくことが都民の「食の安心」につながり、豊洲への不安を払拭できるはずというのが筆者のこれまでの見解だ:

◎『安心のための必要条件:「安全」と「信頼」』[2017年4月10日月曜日]
 http://www.nposfss.com/blog/safe_trust.html

◎『安全>安心記念日』[2017年6月15日木曜日]
~豊洲新市場:「地下の安心」より「地上の安全」を優先すると決断した日~

 http://www.nposfss.com/blog/anzen%3Eansin_kinenbi.html

 ただ、行政や企業のトップが自分の部下たちが行っているリスクガバナンスや第三者委員会の専門家たちのリスク評価結果をもって「安全宣言」をしても本当に大丈夫なのか、と疑問に思う方もおられるだろう。すなわち、福島原発事故のように「安全神話」をずっと語っていたにもかかわらず、結局自然災害など想定外の大きな事故が起こったときには責任を問われたじゃないか、と。「絶対安全」はありえないのだから不用意な「安全宣言」はすべきではない、と考える行政の長や企業経営者もおられるかもしれない。

 もしそう考える行政や企業のトップがおられたとしたら、おそらくその組織のリスクガバナンスには欠陥があるということだろう。すなわち自分の部下たち(行政なら事務方)のリスク管理/リスク評価に自信がないから、市民や消費者に対して「安全」が謳えないということだ。豊洲市場に関して「安全宣言」をしたら、豊洲市場において食に関わる事故が一切起こらない(すなわち「ゼロリスク」)という意味では決してない。「安全」とはリスクが社会的に許容範囲内という意味であり、当該施設のリスクガバナンスが十分働いて、施設由来の食中毒事故/健康被害の可能性を限りなくゼロに近づけることができたと評価したことをいうものだ。専門家会議が毅然とした姿勢で「地上は安全」と最終評価を下したということは「絶対安全=ゼロリスク」ということではなく、あくまでリスクが許容範囲内なので「安全宣言」をしてもよいという意味なのだ。

 世の中のエクセレントカンパニーはリスクガバナンスがしっかりしているので、そのトップは毅然とした姿勢で「安全宣言」をしている:

◎トヨタ 安全への取り組み
 http://toyota.jp/safety/philosophy/?padid=ag461_safety_safety_philosophy_bt

 ここに語られている「安全に対する基本的な考え方(PHILOSOPHY)」に、「トヨタの究極の願いは「交通事故死傷者ゼロ」にあります。」とあるが、「交通事故死傷者ゼロ」=死亡リスクゼロということは現実にはありえない。たとえトヨタの自動車に安全技術の粋を尽くして開発したとしても、死亡事故は起こりうる。それでもトヨタが安全を謳うことができるのは、社会が許容する自動車の安全性までリスク低減化の取り組みができているとの自信と自社スタッフへの信頼に基づくものであろう。

 しかも、トヨタは「交通事故死傷者ゼロ」の実現のための取り組みにおいて、安全なクルマの開発はもちろん、ドライバーや歩行者という「人」に対する啓発活動、信号設置や道路整備など「交通環境」整備への働きかけも行っている(人・クルマ・交通環境の「三位一体の取り組み」)。すなわち、トヨタは自社商品だけでなく、モビリティ社会全体におけるリスクガバナンス(リスク評価/リスク管理/リスクコミュニケーション)に貢献するんだという「安全第一」への姿勢を宣言しているわけだ。この「安全宣言」の基本姿勢に、不断の広告宣伝・広報・CSR活動によるトヨタブランドへの「信頼」が乗じられることで、消費者の「安心」が醸成され、トヨタ自動車の購買意欲を大いに刺激することになるのであろう。

 これに対して、「安全」への系統立てた取り組み=リスクガバナンスや「信頼」を育てるCSR活動が中途半端な企業では、経営トップも「安心の〇〇〇」などと顧客に対して安全とは関係のない「安心」を押し売りするような広告宣伝を連呼する傾向にあるので要注意だ。「安心」は、あくまで行政や企業から提供されるモノ・サービス・情報などに対して、市民の心の中に主観的に芽生える結果であって、広告などで「安心」を暗示して売るのはいただけない。

 まさに豊洲市場の移転問題では、地下水を飲み水基準まで浄化するとした「安心」の約束を東京都が設定したことで、肝心の「食の安全」に関わるリスクが十分低減化された豊洲新市場に早期移転することができなかった。これも「安全第一」が履行できなかったことによる弊害と言ってよいだろう。専門家会議の提言により、地下ピットの空気をできるだけ浄化するための追加工事に対して、東京都が数十億円の補正予算を計上するとの報道もあったようだが、これも「安心」のための対策費用であり、小池都知事が豊洲の「安全宣言」をすることで都民の「安心」が維持できれば、本来不要な経費だ。このような追加工事の追加予算はできるだけ縮小し、その分を待機児童対策や高齢者福祉にあてていただきたいものだ。

 食品事業者のトップの中には、もし「安全宣言」をした後に、食中毒事故や異物混入等による自主回収が発生したらどう釈明するんだ?と思われる方がおられるかもしれない。食品事業者においてリスクガバナンスが十分機能したとしても、食中毒や自主回収のリスクをゼロにすることは不可能だ。なぜならフードチェーンは、食品事業者1社のみで完結するものではないからだ。極端なケースでは、最終ユーザーである消費者が使用方法を誤った場合でも食中毒事故は起こりうるし、アレルギー患者さんがアレルゲン表示を見落としたら、アナフィラキシーショックで重篤な健康被害になりうる。また、どんなにすぐれたリスクガバナンスを施したとしても、「購入した商品にゴキブリが入っていたぞ」という顧客クレームに遭遇した場合には、自主回収に追い込まれることも十分ありうるのだ。

 このことに関しては豊洲新市場についても同様だ。すなわち、「安全宣言」をしたにも関わらず食中毒事故が起きたらどうする?市場内の空気から環境基準をオーバーするベンゼンが検出されたらどう釈明する?そうなったら「安全宣言は何だったんだ?」と批判されるかもしれないので、「安全宣言」をすることには行政の長としてリスクがあるのだ(・・と小池都知事が思われたとしてもおかしくない)。こういった事故が発生したらトップはどうすればよいのか?

 この答えが「謝罪」だ。しかもできるだけ迅速に、粛々と身銭をきってトップが謝罪する姿勢が重要だ。どんな優秀なリスクガバナンス/安全対策を働かせたとしても、最後はヒトがすることなので事故や不祥事は起こりうる。そのときにトップがいち早く謝罪することで、火消しができるだけでなく、組織内外からの信頼回復にも大いに役立つのだ。小池都知事も、就任早々にご自身の知事報酬を半分に減らすこと、豊洲市場の盛り土問題を徹底解明するなどして、謝罪と情報開示を繰り返したことで都民の大きな信頼をつかんだのは見事であった。

 最近では、安倍首相が内閣改造発表記者会見の冒頭で、森友学園/加計学園/自衛隊日報問題等について深々と頭を下げて陳謝した姿は、少なくともご自身への疑惑も含めてリスクガバナンスに隙があったことや国政が停滞したことへの謝罪の気持ちが真摯に表れていたように思う。内閣の支持率が若干なりとも回復したことを考えると、大臣たちの顔ぶれを大幅に変えて身を切る改革を印象付けたことも含めて、安倍首相の潔い謝罪を受け入れた国民がそれなりにいたということだろう。ただ、いまだ謝罪会見すらなく国会議員も辞任しない「魔の二回生」たちに対しては、自民党の離党勧告をするよりも、きちんと国民に謝罪してやり直す勇気を指導すべきではなかったか。

 企業の不祥事や事故の謝罪記者会見や顧客むけの個別対応も、できるだけ迅速に情報開示することと、粛々と誠実に謝る姿勢(自社に非があるかどうかに関わりなく「われわれの不徳のいたすところです」と言えること)が大事だ。そのうえで、身銭をきる謝罪になれば顧客は企業をゆるすだけでなく、逆転してファンになる可能性もありうる。筆者はこのような顧客コミュニケーション対応を「ハラキリコミュニケーション」と呼んで、過去ブログで解説しているので参照されたい:

◎ハラキリ・コミュニケーション ~日本文化に合ったリスコミとは~
 [2015年3月16日月曜日]

 http://www.nposfss.com/blog/harakiri.html

 以上、今回のブログでは行政や企業のトップがもつべき2つの資質:「安全宣言」の勇気と迅速に謝罪する勇気について解説しました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください:

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2017
 第3回『放射線被ばくのリスクを議論する』(8/27) @東大農学部

 http://www.nposfss.com/riscom2017/index.html

また、弊会の「食の安全・安心」に関する事業活動に参加したい方は、SFSS入会をご検討ください(正会員に入会いただくと、有料フォーラムの参加費が1年間、無料となります)。 よろしくお願いいたします。

◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
 http://www.nposfss.com/sfss.html

(文責:ドクターK こと 山崎 毅)