ゲノム編集食品は"高速品種改良"?!
~なぜ安全性審査の対象外なのか~

[2019年4月29日月曜日]

 "リスクの伝道師"SFSSの山崎です。本ブログでは、毎月食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月はいま話題のゲノム編集食品について、厚労省の専門家検討会にて安全性審査がなぜ不要とされたのかについて議論したいと思います。まずは、ゲノム編集技術を詳しく解説した「NPO法人くらしとバイオプラザ21」の特集サイトをご紹介したい:

 ◎「新しい育種技術(NBT)~ゲノム編集への期待~」
  NPO法人くらしとバイオプラザ21

   http://www.life-bio.or.jp/nbt/index.html

 「くらしとバイオプラザ21」さんは、2013年からゲノム編集に代表されるような新しい育種技術(New Plant Breeding techniques:NBT)に関連するバイオカフェを約50回開催されており、こういったサイエンスカフェのコーディネーター養成や開催手引きの開発も積極的に展開されている。ゲノム編集に関するセミナーをこれだけ頻繁に開催され、議論を繰り返されているということは、ゲノム編集食品のリスクコミュニケーションについても詳しい科学者ベースの市民団体と推察する。この新しい育種技術(NBT)が従来の育種(品種改良)とどう違うのかについて、彼らのサイトから抜粋してみた:

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 そもそも"育種(品種改良)"とは? 改めて考えてみましょう。

 作物の育種を例に考えて見ましょう。私たちが毎日食べている野菜や芋、穀物、果物など農作物のほとんどは雑草のような植物でした(野生種)。人類はその中から突然変異や交雑によって、人間や家畜が食べられるものを探し、種を取り、栽培することで食料を増やし、繁栄してきました。この、雑草のような植物から栽培できるような農作物にしたことを「栽培化」といいます。

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 その後、収穫量や可食部を増やす、毒が少なく味の食べやすい、栽培しやすいなどの農作物が必要とされ、18世紀ごろから人の手による交配が始められました。19世紀後半にはメンデルが遺伝の法則を見出し、それにより交配による育種が加速化したといわれています。突然変異や交配などで生物の性質の変化は、その性質を(直接あるいは間接的に)司る遺伝子や、遺伝子の働きを調節する遺伝情報が書き変わることで起こります。育種とは、この自然に起こる生物のDNAの書き換わりをうまく人類が利用した営みともいえます。

 現在は、突然変異体や交配で望む性質の農作物を作るだけでなく、野生種や今は栽培されなくなった古い品種の種子を収集・管理して育種に使うようになっています。また、分子生物学的手法を利用して、生物の遺伝情報を利用して望む性質を持つ個体を効率よく探す手法が開発されるなど、様々な工夫がなされ、常に新しい技術開発がされています。
 (中略)

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 食料や農業をめぐる様々な課題の解決に、育種は貢献できます。しかし、解決しなくてはならない課題には、従来の育種技術よりももっとスピーディに育種を進め、可能な限り早く対応する品種を育成しなくてはならない。研究者は、そのための技術開発にも取り組んできました。その成果として"新しい育種技術"が生まれてきたのです。
 (中略)

 「新しい育種技術(NBT)」とは

 「新しい育種技術(New Plant Breeding Techniques, NBT)」とは、従来の交配や接木などに加えて、分子生物学的な手法を組み合わせた品種改良(育種)技術の総称です。品種改良あるいは育種というと、すでにある品種同士を交配させて、いいとこ取りをするようなイメージをもつ方が少なくないかと思います。実際には、それ以外に交配に利用できる素材となる作物を"資源"として収集・保存・管理すること、細胞培養や放射線などを利用して新たな変異を持った作物をつくり、交配の親に利用すること、できた新しい品種を広く配布するための種子を増殖することなど、様々な工程があり、それぞれに工夫がなされ、常に新しい技術開発がされてきました。

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 近年は農学分野でも遺伝子やタンパク質など分子レベルでの研究が急速に進み、様々な知見が積み重ねられてきました。研究室の実験で利用されていた分子生物学的手法が確立してくると、その手法を育種に応用できるようになりました。従来育種の欠点を補えるメリットがあるならば、その技術を育種に応用して効率よく、貢献度の高い品種をつくろうと研究者は考えました。

 そこで開発されてきたのが新しい育種技術です。新しい育種技術は、望む性質の作物を作ったり、たくさんの植物個体の中から望む個体だけを探したり、果樹など花が咲いて実がなるまでの時間を短くしたりすることで、新品種育成までの時間やコストを削減することが可能と考えられています。

(後略)
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 すなわち、ゲノム編集も含めた新たな食品の育種技術(NBT)は、最終的な農畜水産物において、従来の育種(品種改良)と同じく「遺伝子が書き変わる」ことで新たな品種が生まれることに変わりはないものの、よりスピーディ/効率的/安価に品種改良が可能な技術と考えればよさそうだ。その意味で、ゲノム編集食品は「高速品種改良」による農畜水産物と呼んでもよいのだろう。従来の育種技術では偶然遺伝子が書き変わることに頼っていたため時間もコストもかかっていたが、ゲノム編集ではより計画的にピンポイントで遺伝子を切ることが可能ということで、最終産物で遺伝子に起こっている現象は従来の品種改良と同じなのだ(従来技術による作物かNBTによる作物か判別できないことも多いとのこと)。

 そうなると「ゲノム編集食品は遺伝子を人為的に変えているのでけしからん!」というご意見があったとしても、「いま市場で売られているほとんどの農作物も、品種改良で遺伝子を人為的に変えたものばかりですが、安全性に問題がないのでは?」と反論するしかない。

 ただ筆者は、ゲノム編集技術により生まれた新たな「高速品種改良」食品について、まったくリスク評価をする必要がないと主張しているわけではない。従来の品種改良で生まれたおコメなどでも、おそらく何世代かの栽培を経て、生体への健康リスクが助長されたものでないことを確認したうえで上市されているものと推察するので、ゲノム編集食品についても従来の品種改良品と同程度のリスク評価は必要だ。すでに開発されているような機能性関与成分の濃度が高くなったゲノム編集野菜などは、従来の野菜に比べて明らかに特定の化学成分濃度が高いのだから、安全性に問題ないかどうかのリスク評価が上市前に必要なのは自明だろう。

 前述の「くらしとバイオプラザ21」さんのサイトでも、ゲノム編集食品の安全性についてのQ&Aを、以下の通り掲載している:

 ・ゲノム編集で出来た作物は食べても安全なの?

→最終的に流通する品種の食品としての安全性は、理論的にはこれまでの育種技術で作られた品種と同等に安全であると考えられます。しかし、新しい技術で作った品種については、新たなリスクはないかなどを含め、個別に慎重に科学的な検討を行い、その知見を積み重ねてくことが大切と考えられます。

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 またよく話題となるのが、遺伝子組み換え作物とゲノム編集作物の違いについてだが、これも前述のサイトで説明されている右図のような比較表がわかりやすい。やはり外来遺伝子が作物に残るのかどうかが最も大きな違いであり、その分ゲノム編集食品の方がワンランクほどリスクが小さいものと考えるのが妥当であろう。

 ただし、だからといって現在市場に出ている遺伝子組み換え食品のリスクが許容できないほど大きいかというと、そういうことではない。国内市場において販売されている遺伝子組換え作物由来の食品は、十分なリスク評価の後、安全性に問題がないとして国が認めたもののみであり、心配する必要はない。SFSSの「食の安全・安心Q&A」でもとりあげているので、詳しくはそちらをご参照いただきたい:

・Q(消費者):遺伝子組換え作物(GMOs)が健康によくないという情報は、科学的に正しいのでしょうか?
  http://www.nposfss.com/cat3/faq/q_07.html

 なお、農畜水産物のゲノム編集とはまったく別の話題ではあるが、中国において報告されたゲノム編集技術によるヒトの誕生について、筆者はまったく賛同できないところだ。なぜなら、そのゲノム編集によって生まれる二代目・三代目のヒトにおけるリスク評価ができていないのに見切り発車してしまったことが強く疑われるからだ。このあたりのヒトでのゲノム編集技術の応用に関わる生命倫理の問題については、慎重なうえにも慎重なリスクアセスメントが求められて当然と考える。
 ヒト医療分野と農畜産分野のゲノム編集を混同したコメントが散見されるが、これはゲノム編集技術に対する消費者理解をミスリードするものとして危惧するところだ。農畜産分野のゲノム編集では、失敗した品種を切り捨てて、よいものだけを選択的に採用できるが、ヒト医療でそれが禁忌のため、まったく別の事象と捉えて議論する必要がある。

 以上、今回のブログではゲノム編集食品をふくむNBT技術のリスクについて解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しておりますので、機会をみつけてご参加ください(参加費は3,000円/回ですが、どなたでも参加可能):

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2018 第4回
 『遺伝子組換え作物のリスコミのあり方』(10/28)開催速報

  http://www.nposfss.com/cat9/riscom2018_04.html

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2019 第1回
 『食の放射能汚染のリスコミのあり方 ~風評被害にどう立ち向かう?』(4/21)開催速報

  http://www.nposfss.com/cat9/riscom2019_01.html

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2019(4回シリーズ:残り3回)
 『消費者市民の安全・安心につながる食のリスコミとは』開催案内

 【開催日】2019年6月23日(日)、8月25日(日)、10月27日(日)
 【開催場所】東京大学農学部フードサイエンス棟 中島董一郎記念ホール
  http://www.nposfss.com/riscom2019/

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com