『リスク認識をゆがめる"マーケティング・バイアス"』

[2016年2月17日水曜日]

 このブログでは食品のリスク情報とその双方向による伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、今回は2月14日に当NPO主催で開催した食の安全と安心フォーラムXII:『食のリスクの真実を議論する~~消費者と専門家のリスク認識のギャップについて~』において、食のリスクに対する消費者の認識がなぜ専門家と異なり、誤解を生んでいるのかについて議論したので、その点を考察してみたい。まずは、本フォーラムの開催速報を以下でご参照いただきたい:

◎食の安全と安心フォーラムXII(2016.2.14.)~メディア/食品事業者むけ教育セミナー~
 『食のリスクの真実を議論する~~消費者と専門家のリスク認識のギャップについて~』開催速報

  http://www.nposfss.com/cat9/forum12_news.html

 今回のフォーラムでは、「メディア/食品事業者むけ教育セミナー」との副題を付けさせていただいたが、その最大の理由は消費者の食のリスク認識=「食の安心/不安」が誤解に満ちている原因として、情報発信者としてのマスメディアと食品事業者の影響力がもっとも大きいのではないかと考えたからだ。実際フォーラムでの議論でも、消費者のリスク・リテラシー教育の必要性もパネラーから指摘されたが、出版物やウェブ上の不特定多数へのメディア情報とともに、企業広告や商品ラベルの文言が消費者のリスク認知バイアスを助長しているのではないかとの大きな懸念が議論された。

 すなわち、人工の産物である化学合成の添加物、農薬、遺伝子組み換え作物、放射能汚染、加工食品、輸入食品などは人体に悪影響をもたらし、一般消費者がその犠牲になっているという企業/政府の陰謀説に関するメディア情報やSNS記事はよく売れる反面、「天然」「新鮮」「無添加」「無農薬」「オーガニック」「国産」「非遺伝子組み換え」「全品検査」「不検出」「自然食品」などというキーワードで消費者の食の不安を逆手に取った企業広告の食品もよく売れるわけだ。これらはまさに、消費者が誤解しているリスク情報を利用して著作物や商品を売りまくる"マーケティング・バイアス"にほかならない。

 最近のTV番組や新聞・雑誌・ネット上の記事など一般消費者がよく目にするメディア情報は、消費者の安全をおびやかす政府/民間企業のたくらみ(?)がメインコンテンツをかざると同時に、そのわきには必ず「天然」「無添加」「有機栽培」「国産」「非GM」「安心・安全」を標榜する商品のCM/広告が掲載されるのだから、日々消費者マインドに誤ったリスク認識がダブルですりこまれている状況だ。

 今回のフォーラムにおいて、いまの日本の食品で食品添加物・残留農薬・遺伝子組み換え作物・加工食品に関して過敏になる必要はないと専門家たちが考えていることがよくわかったが、逆に見えない食中毒微生物による生食の汚染、食物アレルギー、いわゆる健康食品などに関しては予想以上に健康被害のリスクが高く、十分な注意が必要との警告が専門家より伝えられた。国立医薬品食品衛生研究所の五十君靜信先生からのご講演では、いまの若い世代ほど生食のリスクに無防備な方々が増えており、「市販あるいはレストランで出される食品は、まあ大丈夫だから、できるだけ美味しい物を食べたい」という認識のもと、生肉による食中毒に当たってしまう方が多いとのこと。このようなリスク認識の甘い方々が年齢を重ねていくことで、さらに大きな集団食中毒事故に発展する可能性があり、大変懸念される事態と考えるべきだろう。

 2月10日に筆者が聴講した日経BPコンサルティング社中野栄子氏の『メディアの立場で考える食の安全・安心』と題するご講演において、中野氏は「世の中の食の安全情報は間違いだらけ」「正しく伝わらない社会構造上の問題がある」と断じておられたが、筆者もまったく同感だ。前述の"マーケティング・バイアス"が世の中に蔓延し、食の安全に関して科学的に誤ったメディア情報と企業広告が相乗的に消費者のリスク認識を汚染し続ける限り、ちょっとやそっとの消費者教育活動では「焼け石に水」で、これを排斥することは困難ではないか。まさに社会構造上の問題だ。

 中野氏ご自身も出版業界におられて、メディア・バイアスを忌々しき問題ととらえておられ、なんとか消費者の食の安全に関する誤解を正すべきと考えられているとのこと。その理由として、①健康被害(添加物を避けたばかりに食中毒に遭う、アンチエイジングを標榜する粗悪な健康食品で違法薬物に当たる、等)、②経済的損失(効果の期待できない高額の「いわゆる健康食品」に投資し続ける、BSEの全頭検査、等)、③精神的被害(食品添加物や遺伝子組み換え食品のせいで将来の子孫に何か悪影響が出るかもしれないとの誤った情報に翻弄されノイローゼ、等)、の3つをあげられた。筆者はやはり、これら消費者への被害の裏側に、不当に利益を得ているプレス/食品事業者がいるわけで、これらを不公正な取引として行政指導していく流れが、社会として必要ではないだろうか。

 「食の安心」は社会全体として創りあげていくもの。
 消費者の不安をあおるような情報発信は正されるべきである。

 筆者が講演の最後によく使うスライドの文言だが、残念ながらいまの日本社会はこれに逆行してこの"マーケティング・バイアス"が暴走中といった状況だ。なんとかこれをドラスティックに変えていけるよう、業界が協力して大きなうねりを起こすような提案をしていきたいものだ。

 以上、今回のブログでは、消費者の食のリスク認識に悪影響を与える"マーケティング・バイアス"について考察しました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について自ら学術啓発イベントを実施しながら、他団体のリスクコミュニケーションも応援しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください:

◎第25回 「食生活ジャーナリストの会」公開シンポジウム
「メディア・バイアスをどう考えるか」 ―食に関する情報の見極め方―(2/26)
  http://www.nposfss.com/cat9/jfj20160226.html


◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2015(4回シリーズ)活動報告
  http://www.nposfss.com/cat1/risc_comi2015.html


 また、当NPOの食の安全・安心の事業活動にご支援いただける皆様は、SFSS入会をご検討ください。よろしくお願いいたします。
◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
 http://www.nposfss.com/sfss.html


(文責:山崎 毅)