食品のリスク情報がうまく伝えられますか?

[2013年12月11日木曜日]

 今回は、われわれが取り組んでいる最も難しい課題「リスクコミュニケーション」について考察してみたい。

 12月8日(日)午後、東京都文京区の文京学院大学仁愛ホールにて日本食品安全協会主催の関東支部研修会が開催され、今回は消費者庁が取り組んでいる「食品中の放射性物質についてのコミュニケーター養成研修」を兼ねた内容で、筆者もこれに一般参加で受講させていただいた。

 http://www.ffcci.jp/information/info.php?seq=349

 当日は開会前から参加者が会場外に長い列を作るほどの盛況ぶりで、本研修会の注目度の高さを物語っていたが、その大きな理由として、研修会修了後に消費者庁阿南久長官からの修了証が受講者すべてに発行され、いまマスコミをにぎわせている特定秘密保護法で時の人となった内閣府特命担当大臣(消費者および食品安全) 森まさこ氏の写真付きメッセージがかなり効いたようである(かく云う筆者もそれに引かれた感がある・・)。

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 一般社団法人日本食品安全協会は、今回のような食品の安全性に関する学術啓蒙イベントを全国で開催すると同時に、健康食品管理士などの資格制度を実施することで、食品の学術教育やリスクコミュニケーター育成も推進しておられる中立的団体で、当NPOも見習うべき点が多い。

 今回の研修会の第1部では、日本食品安全協会理事長で鈴鹿医療科学大学教授の長村洋一先生より、アベノミクスで解禁されることが決まった「食品の機能性表示」に関してその概要と問題点をわかりやすくご講義いただいた。これから起こりうる健康食品の安全性・品質・機能性の消費者に及ぼす悪影響をどう未然に防止していくのか、確かに重要な課題と感じた(本件は、また次号以降のブログで採り上げたい)。

 今回の研修会の第2部は、食の放射能汚染に関するリスクコミュニケーション手法を習得するためのご講演2題(各1時間)であった:

  • 「放射線の基礎と人体影響」 
    公益社団法人日本診療放射線技師会 専門職(学術・教育担当)諸澄邦彦先生
  • 消費者庁による「食品中の放射性物質のリスクコミュニケーター養成研修」 
    消費者庁 消費者安全課 課長補佐 石川一氏

 諸澄先生は平成15年に日本放射線公衆安全学会を設立されたお医者様で、放射線と放射能の違い、外部被ばくと内部被ばくの違い、放射線診療従事者の線量限度、見えない放射線の影響(確定的影響と確率的影響)など、放射線の基礎と人体への影響について、非常にわかりやすくご説明いただいた。2011年の福島原発事故の際には、福島まで出向いて被ばく相談などに尽力されたお医者様で、よいリスクコミュニケーションの必要条件としての資質(信頼できる専門家)をお持ちの方と理解した。

 また、消費者庁の石川氏からは、内閣府/消費者庁で作成された「食品と放射能Q&A」という冊子とDVDを各参加者にご配布いただき、実際消費者から寄せられた疑問に対して回答する形で、食品の放射能汚染状況や基準値の設定根拠などを詳しくご説明いただいた。なお、これらの資料は消費者庁ホームページでダウンロード可能で、食品中の放射性物質がすでに人体への健康影響をまったく心配するレベルではないことがよくわかるので、ご参照いただきたい(http://www.caa.go.jp/jisin/food_s.html

 ただ、この消費者庁が作成された「食品と放射能Q&A」のp43に2013年2月に実施された消費者意識調査の結果が掲載されているのでこちらにもご紹介するが、食の放射能汚染に関して正しく理解している消費者はいまだ20%前後という状況であった(おそらく今もあまりこのパーセンテージは変わっていないのではないかと想像する):

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 この調査結果の7番目に「基準値内であれば、測定値の高低は無視できる(正解)」と回答した消費者がわずかに13.7%で、さらに9番目の回答では、実際に自分が食べるとなると、「たとえ放射性物質含有量が基準値以内であっても、できるだけ放射性物質が低いものを食べたい」と答えた消費者が約50%もいるということだが、筆者の10月のブログを読んで、放射性セシウムが基準値以下の食品の安全性について、正しく理解していただきたいと感じた⇒「どんぐりの背比べ理論

 現在、国内で設定されている一般食品の放射性セシウム基準値は100ベクレル/kgであるが、「世界的にみても日本は最も厳しい基準値にしているのでご安心ください」と言っても、50%の消費者は測定値がゼロ(不検出)でなければ食べないという状況である。すなわち、規制を世界一厳しくしているから安心でしょ?という理論は2人に1人しか通用せず、基準値自体がその意味を理解されていない(信用されていない)感がある。

 では、どんなリスクコミュニケーションであれば、消費者に理解していただけるのか?

 筆者の場合は、「放射性セシウム基準値である100ベクレル/kg自体が、話にならないくらい低レベルの放射線量なので、健康影響を気にする必要は全くありません。ご安心ください。」と、科学者として毅然とした態度で断言するようにしている。

 石原慎太郎元東京都知事が、よく記者会見の席で新聞記者の質問に対して「そんなくだらない質問をするな!」というような口調で叱責されることがあるのをご存じだろう。石原さんの言動については、内容が科学的に正しいかどうかも含めて納得しない方ももちろんおられるとは思うが、大多数の消費者は「石原さんは自信があるからこそ、そこまで言い切るのだろうな・・」と感じてしまうのではないだろうか? だからこそ人気の東京都知事を不動のものにしておられたのだと思う。

 いま消費者は、たくさんの不安をかかえている。だからこそ特定秘密保護法に漠然と不安をうったえる。よくわからないけれども、自分にリスクが降りかかってくるのはイヤなので、何となく反対を表明する。消費者たちは、自分を安心させてくれる強い発言力をもったカリスマを求めているのであろう。

 食の放射能汚染の問題については、科学者や食のエキスパートが自信をもって「いまも将来も人体に健康影響が出るような放射線レベルではないので、福島県産の食品でもまったく安全性に問題はないですね」と明確に回答すれば、細かい放射線に関する知識を説明する必要はないのかもしれない。もちろん情報として十分蓄積しておき、消費者の質問には迅速かつ正確に回答する必要はある。

 ただし、情報を発信するリスクコミュニケーターが普段から使命感をもって正確な情報発信をしている人物でなければ、消費者は信頼してくれないため安心にもつながらない。石原さんのように叱責までしなくてもよいが、「あなたの考え方は科学的に間違っていますね」と消費者の誤認をはっきりと正してくれるような学者さんたちがたくさん現れれば、消費者の食の放射能汚染に関するトラウマ(筆者は消費者のこの症状を「食品情報過敏症」と呼んでいる)も消えるのではないだろうか。

 追加情報として、上述の「たとえ放射性物質含有量が基準値以内であっても、できるだけ放射性物質が低いものを食べたい」という方で、納得がいかない方は消費者庁の「食品と放射能Q&A」のp12に掲載されている以下の資料を見ていただきたい:

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 自然に存在する放射性カリウム40と原発事故由来の放射性セシウム137が体内で発する放射線は同じなので、放射能レベルが同じなら内部被ばく量も同等と考えてよいのだが、福島県産の野菜の放射性セシウム含量が20ベクレル/kgだったら食べませんと言いながら、放射性カリウムが200ベクレル/kgの普通に売られている野菜は気にせず食べます、という本末転倒の食品選択をしていることになるのである。20ベクレル/kgの野菜は食べませんと言っていたら、現実的には食べれる野菜がこの世に存在しないことになってしまう。

 すなわち、すべての食品が自然に放射性物質を含み、リスクはゼロとは言えないものの、いまの放射能汚染状況であれば、それを食したとしても被ばく量は自然放射線の十分低いレベルと同等なので、生物学的に健康への悪影響はなく、安全との判断になる。

 今回、消費者庁による「食品中の放射性物質のリスクコミュニケーター養成研修」を含む、食品の安全に関する講演会を受講させていただき、あらためて食品のリスクコミュニケーションのあり方についても考え直す機会を得ることができたことは有意義であった。

 ただ、食品中の放射性物質に関する情報提供は、その情報自体の難易度が比較的高いため、消費者に理解してもらうことも困難だが、さらにその先の消費行動にまで影響を与えるためには、リスク情報を一方向で伝えるだけでなく、消費者と双方向で議論することで、消費者の前向きな感情を刺激するようなコミュニケーション手法の工夫(「リスコミ・バトルロイヤル」に関するする著者のブログ)が必要ではないかと感じた。

(文責:山崎 毅)