『市場の食の安全:リスク比較すべきは地下じゃない』

[2017年5月14日日曜日]

 "リスクの伝道師"ドクターKです。このブログでは食のリスク情報とその双方向による伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論していますが、今月もまた築地から豊洲への中央卸売市場移転問題におけるリスコミのあり方について解説したいと思います。

 まず先週のニュースとして、東京都は築地市場の土壌調査において地表近くのガスの簡易分析ながら、ベンゼンが検出されたことを発表した:

 ◎築地市場、土壌調査でベンゼン検出 移転判断に影響
 -2017/5/11 日本経済新聞-

 http://www.nikkei.com/article/DGXLASFB11HC0_R10C17A5000000/

 ◎築地市場、土壌中の気体からベンゼン 都が発表
 -2017/5/11 日本経済新聞-

 http://www.nikkei.com/article/DGXLASFB11HEY_R10C17A5000000/?n_cid=SPTMG002

 豊洲新市場の地下水において環境基準(="飲み水"基準)を超過したベンゼンが検出されたことから、既存の築地市場と公平に比較するためには築地市場の土壌調査もしっかりやるべきだとするご意見が散見されたが、このようなリスク比較をすることは意味があるのだろうか。食の安全の専門家たちはこれを「まったく意味のないものだ」と断ずるに違いない。筆者は以前より、このようなリスク比較を典型的な「どんぐりの背比べ」「木をみて森をみず」だと指摘している。

 なぜなら中央卸売市場の「食の安全」を正しくリスク評価するためには、まず市場で扱われる生鮮食品の「安全」が主にどのリスク因子に依存するのかを理解する必要があるからだ。単純に考えると、生鮮食品の安全性に影響を与えるチャンスが大きいもの、すなわち①食品への距離が近い、②食品の微生物汚染・化学物質汚染・物理的異物混入等を実質的に起こす確率が無視できない、③事故発生が判明しづらいもの(たとえば、耐震構造などは事故発生が明白なので食品衛生上のリスク低減対策が容易)など「食の安全」への依存度の高い項目から優先して、しっかりしたリスク管理を実施することが重要ということだろう。

 先月のブログでもご紹介した豊洲新市場と既存築地市場のリスク比較表(筆者自身による定性的リスク評価結果)を再掲するので、上位のリスク評価項目ほど、より市場の「食の安全」に依存することをご理解いただきたい:

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 なお、本リスク比較表は定性的リスク評価による判定結果のため、あくまで統一見解とは区別した山崎の個人的見解であることをご了承いただきたい。専門家により意見が分かれるのは自明⇒「◎」ではなく「○」だろう、「△」ではなく「×」だろう、などなどのご指摘がありうる。「5.HACCP/グローバル対応」に関しては、築地市場でも認証を取得した会社があるので「×」ではなく「△」だとのご意見を数名の方からご指摘いただいたが、築地市場は全般的に施設の改修をしない限りHACCP認証に必要な一般衛生管理が困難との評価だ。あと「耐震性」については山崎の専門外であり、修正すべきとのご指摘があればコメントをいただきたいところだ。

 この比較表から明らかなように、「7.外部環境(地下/周辺施設)」は市場の「食の安全」をリスク評価するうえで優先順位が低く、この7番目だけで2つの市場の「安全」の優劣をつけることが「まやかし」=不適切なリスコミであることがよくわかる(「食の安心」の優劣ならもっとナンセンスだ)。すなわち、市場の地下水が"飲み水"基準超過程度の低い汚染レベルであって、市場内の空調にまで影響を及ぼすような高濃度に汚染されない限り、市場内の「食の安全」への依存度は極めて低く、これら地下のベンゼン濃度を一生懸命分析してリスク比較するのは、杞憂のリスクをあえてピックアップした、まさに「どんぐりの背比べ」ということだ。

 本年3月30日に、SFSSがコーディネーターとして豊洲市場移転問題の「食の安全と安心」に関する専門家の統一見解を都庁記者クラブ会見場にて発表したが、その中でも市場の地下水の環境基準超過について「食の安全」の観点からすると意義が低いことを述べている:

◎豊洲市場移転問題の「食の安全と安心」に関わる専門家の統一見解:

1.豊洲市場と現在の築地市場を衛生管理面から比較すると、安全性が高いのは豊洲市場の方である。
2.豊洲市場の地下水で環境基準を超過するベンゼン等が検出されたが、環境基準の意味を考えると食の安全性が脅かされると言えない。
3.都は、都民の食生活を支える上で重要な卸売市場の役割を考えて都民と市場関係者ほかの不安に応える具体的施策を示しつつ、適切なリスクコミュニケーションを実施し問題解決を急ぐべきである。

 <プレスリリース>
 豊洲市場移転問題の「食の安全と安心」に関する専門家の統一見解(3/30)
 http://www.nposfss.com/cat9/toyosu_0330.html

 この築地市場の土壌汚染問題については、3月初めの都議会にてすでに、小池都知事ご自身も「(築地の土壌は)コンクリートやアスファルトで覆われており、土壌汚染対策法などの法令上の問題もない」と健康影響はないとの見解を示されている:

 ◎築地「健康に影響ない」 小池知事、土壌汚染巡り答弁
 2017年3月2日 朝日新聞デジタル

 http://www.asahi.com/articles/ASK3256Q4K32UTIL027.html

 ただ、このコメントに対してはダブルスタンダードじゃないのかと各所からツッコミがあり、橋下徹氏などに「小池さん、築地が安全なら豊洲だって安全でしょ!」と指摘されているのは皆様ご存知だろう。まさにその通りなのだ。築地市場も豊洲新市場も、その土壌汚染は市場の安全/食の安全に影響を与えるレベルではないので、重要なリスク評価だとして数字を比較することは、都民/市民のリスク誤認をまねく不適切なリスコミと断ずるほかはない。

 マスコミ各社にも、今後築地市場の土壌汚染調査結果が東京都から発表された際に、以下のような報道だけは止めていただきたいものだ:

 <不適切な報道見出しの事例>『築地市場の土壌汚染調査:地下水ベンゼン濃度は環境基準の10倍程度。
  やはり豊洲市場の土壌汚染の方が深刻だった!』

 そうなると筆者はまた、「どんぐりの背比べ」「木を見て森を見ず」とブログで指摘するしかないのだが、マスコミ報道の見出しによる社会への拡散力にはとてもかなわないので、できるだけ記者の皆さんにリスコミのあり方を学んでほしいところだ:

 ◎「都民にとって"やさしい"食のリスコミとは」- 山崎 毅
  緊急パネル討論会『豊洲市場移転に関わる食のリスクコミュニケーション』(2016/12/20)より

  <講演レジュメ/PDF:718KB

 ◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2017
  第2回『食品衛生上のリスクを議論する』(6/25)@東大農学部

  http://www.nposfss.com/riscom2017/index.html

 都民へのリスコミということを考えると、本ブログで何度もご指摘しているところだが、豊洲市場の「食の安全」に関わるリスク情報を"都民に信頼されているリスク管理責任者"から情報発信することがポイントだ。いま東京都民からもっとも信頼されている小池都知事の『豊洲市場安全宣言』が都民の「安心」につながることは間違いない。市民にとって安心は重要だが、その必要条件は市民の安全とリスク管理責任者への信頼が共に確保されていることだ。繰り返しになるが、いま両者を満たすには小池都知事の豊洲市場安全宣言しかないと考える(築地市場の土壌汚染も市場の安全に影響しない、と言明された小池都知事なら、豊洲市場安全宣言もできるはずですね)。

 以上、今回のブログでは築地市場の土壌汚染調査が、「食の安全・安心」の不適切なリスコミにつながりかねないことを解説しました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください。また、弊会の「食の安全・安心」に関する事業活動に参加したい方は、SFSS入会をご検討ください(正会員に入会いただくと、有料フォーラムの参加費が1年間、無料となります)。 よろしくお願いいたします。

◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
 http://www.nposfss.com/sfss.html

(文責:ドクターK こと 山崎 毅)