『豊洲市場移転のカギは「食の安全」に関わる都民へのリスコミだ』

[2017年1月10日水曜日]

このブログでは食品のリスク情報とその双方向による伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、本年も月に1度の理事長雑感を綴っていくので、食の安全・安心に関心のある皆様からのご意見・ご批評などをお寄せいただきたい。2017年最初の本ブログでは、今年も「小池劇場」でその動向が注目されている東京都中央卸売市場の豊洲移転問題について、都民の「食の安全」に関わるリスクコミュニケーションの典型事例であると同時に、風評被害をいかに防止するかがカギとなってくるため、詳しく議論してみたい。

 まずは、昨年12月20日にNPO食品保健科学情報交流協議会(NPO食科協)とSFSSの共催で開催した豊洲市場移転に関する緊急パネル討論会の速報を以下のサイトでご参照いただきたい:

◎緊急パネル討論会『豊洲市場移転に関わる食のリスクコミュニケーション』開催速報
 http://www.nposfss.com/cat9/toyosu_1220.html

 皆様ご存知のとおり、昨年11月には東京都中央卸売市場が築地から豊洲に公式に移転する予定であったところ、いわゆる「盛り土」などの問題が発覚したことで小池都知事が市場移転の延期を発表され、昨年が最後になるはずであった築地での初競りが今年も賑やかに開催された。今月には豊洲市場・環境モニタリングの最終分析結果が公表される予定であり、専門家委員会の評価を経たうえで、今後の市場移転にむけた最終ロードマップが小池都知事より発表されるものと思われる。

 上述の緊急パネル討論会において、朝日新聞科学コーディネーターの高橋真理子氏は、今回の豊洲市場移転問題全体が最初から「政治イシュー」であったとして、30年近くにわたる都政との関わりを交えてこれまでの経緯をご紹介いただいた:

◎『豊洲問題とは何なのか』
 高橋真理子(朝日新聞科学コーディネーター)

 http://www.nposfss.com/data/toyosu1220_takahashi.pdf

 たしかに石原慎太郎都知事の時代から、この中央卸売市場の豊洲移転問題がずっと議論されてきたなかで、豊洲の土壌汚染対策に関する情報開示が十分にできていなかったことに関するガバナンスの問題が、小池都知事の誕生による「情報の透明化」によって浮き彫りになり、東京都の市場担当者の処分にまで発展したことはやむを得ないものと思う。しかし高橋氏もご指摘のとおり、東京都の土壌汚染対策が完了したいま、実際「豊洲は安全なのか」「築地と比較してどうなのか」が都民の食の安全に直接影響する最大関心事なのだが、そこがわからないことが問題だとのことであった。

 高橋氏によると、小池都知事は「食の安全」をキラーワードとして使っているとのことで、豊洲移転延期を決定した際に、都民の「食の安全」に関するリスク評価が完了していないからということを最大の理由として、豊洲のリスク再評価を専門家委員会に指示したのであろう。「盛り土」がなかったことなど、東京都による重要なリスク管理情報が隠蔽されていたことで、おそらくこれまでのリスク評価/リスク管理情報全体が都民から信用されないだろうとして精査しなおす必要があると判断されたのは頷けるところである。また小池都知事の味方をするわけではないが、少なくとも小池さんは「食の安心・安全」とは言及せず、あくまで都民の「食の安全」を重視するとのご見解のようなので、その点は信頼してよさそうだ。
(追記 2017.1.12. https://twitter.com/nposfss_event/status/819324177001824256)

 そこで本問題における重要なポイントは、いまの「豊洲は安全なのか」ということになるが、その点は上述の緊急パネル討論会において、関澤純先生がわかりやすく解説してくださったので、こちらも講演レジュメをご参照いただきたい:

◎『豊洲市場移転に関わる食の安全と健康影響について』
 関澤 純(NPO法人食品保健科学情報交流協議会・理事長)

 http://www.nposfss.com/data/toyosu1220_sekizawa_e.pdf

 関澤先生のご講演において注目すべきは、2008年の段階での豊洲の土壌汚染(ベンゼンやシアン化合物等)がかなり深刻な状況にあったことを、明確な数値として示しておられることで、おそらくこの点が都民が最も不安を感じているリスク情報だからだ。その後、専門家委員会のご助言により東京都が実施した土壌汚染対策工事が完了した2014年には、深刻だった土壌汚染の有害物質濃度が約1万分の1程度に下がり、安全性上問題のない環境基準に近いところまでリスク低減化に成功したことが示された。関澤先生によると、有害物質濃度が環境基準をわずかに上回った地下水であっても、そのまま2Lを毎日飲み続けたとしても人体への健康影響が出ない程度のリスクになるとのこと。環境基準値自体があくまで理想的な社会環境を維持するための管理基準であって、安全領域にかなり厳しめの低濃度を設定していることがわかる。

 ただここで問題なのは、せっかく東京都のリスク低減策が十分機能して、「食の安全」が維持できる程度まで土壌汚染状況が抑えられているにもかかわらず、環境基準をオーバーしている有害物質の数値だけを採り上げて、「食の安全」や市場関係者の労働安全衛生にいかにも大きな問題が起こるかのような情報発信をする方々がおられることだ。それにより深刻な土壌汚染問題があった豊洲の過去の記憶が呼び起こされた都民の不安は煽られ(「豊洲はやっぱり危ない・・」というリスクイメージが容易にうかぶ)、リスクが十分低いレベルまで抑えられたことが都民に理解されないのは残念である。筆者はこのような自分の利害のために消費者の不安を煽る方々を「煽り人(あおりびと)」と呼んで、以前のブログでも解説しているので、こちらもご参照いただきたい:

◎「煽り人(あおりびと)」~杞憂のリスクを誇張する正義~
 [SFSS理事長雑感2016年10月10日]

 http://www.nposfss.com/blog/aoribito.html

 ここまでの議論でも、「いやいや、ベンゼンやヒ素が環境基準をオーバーしたのなら豊洲はダメでしょう」と異論を唱えられる方もたくさんおられるのではないか。なぜなら情報発信者である筆者がすべての読者に信用されているわけでもないし、築地市場のほうが豊洲より安全と強く信じている方にとってもなかなか受け入れがたい考えかもしれない。だが、 豊洲市場で扱われる魚を地下水でずっと泳がせるようなことでもしない限り、「食の安全」の問題が豊洲で起こることはないだろう、 というのが筆者の率直な感触だ。 なぜなら、卸売市場の「食の安全」は地下の外部環境ではなく、市場内の食品衛生環境に強く依存するからだ。

 その意味で重要なポイントは、豊洲市場が「築地と比較してどうなのか」ということになるが、その点は上述の緊急パネル討論会において、食品衛生監視員の小暮実氏がわかりやすく解説されたので、ご参照いただきたい:

◎『卸売市場の食品衛生環境があるべき姿』
 小暮 実(NPO法人食品保健科学情報交流協議会・食品衛生監視員)

 http://www.nposfss.com/data/toyosu1220_kogure.pdf

 小暮氏のご講演は、現場の食品衛生監視員らしく率直なご意見が満載で、卸売市場の「食の安全」を守るためには、どのリスク管理対策が最優先かをわかりやすくご教授いただけるものだった。このご講演をすべての都民に聴いてもらいたかった、というのが筆者の率直な感想だ。小暮氏は、卸売市場の衛生管理のポイントとして以下の5つをあげられた:

 ・新鮮な食品を衛生的に提供
 ・コールドチェーンの確保
 ・二次汚染の防止
 ・トレーサビリティの確保
 ・HACCPの確立

 小暮氏によると、築地市場ではこれら食品衛生管理が脆弱であり、オープン過ぎる/手狭/老朽化/ヒト・モノ・車が交錯するなど、施設上の問題が多数あるようだ。上述の高橋氏の講演レジュメでも紹介されているが、2001年12月に石原慎太郎元都知事が築地市場を視察された際に「古い、汚い、危ない」と発言されたとのこと。筆者は石原さんも擁護するわけではないが、上述のとおり卸売市場の「食の安全」が市場内の食品衛生管理状況に強く依存することを考えると、早急な豊洲市場移転を指示されたことは間違いではなかったと思う。

 また、HACCP対応も施設的に無理とのことなので、2020年の東京五輪を見据えてのグローバル対応にも耐えないというのが築地の実情なのだ。この点を考えても、豊洲市場に移転しないという選択肢はありえないのではないか。また、このような築地市場の食品衛生環境でも、食中毒などの事故は発生しておらず、築地直送の新鮮な食品に何の問題もないではないかという反論もあるだろうが、そこは市場の卸業者/仲卸業者さんたちの経験則に基づく職人芸により、食品事故を未然防止しているものと考えられる。市場の業者さんたちも次世代に受け継がれていくことを考えると、豊洲に移転して施設/システムによる「食の安全」管理に移行していくことが必要だろう。

 最後に、上述の「豊洲は安全なのか」「築地と比較してどうなのか」について、都民にどう伝えていくかだが、これはまさに「食のリスクコミュニケーション」の手法がキーとなる。その点は上述の緊急パネル討論会において、筆者が解説したので以下で参照されたい:

◎『都民にとって"やさしい"食のリスコミとは』
 山崎 毅(SFSS理事長)

 http://www.nposfss.com/data/toyosu1220_yamasaki.pdf

 この中で、消費者のリスク認知バイアスを逆手にとったリスコミがポイントであることを解説しているが、豊洲問題についても同様の手法で都民の不安な気持ちに寄り添った"やさしい"リスコミ対応ができれば、できるだけ将来の豊洲市場に対する風評被害を予防できるのではないか。いづれにしてもそう容易な課題ではないため、皆様との議論を繰り返し実施することで、今後またさらに理想的なリスコミ手法が創作できればと思う。

 以上、今回のブログでは豊洲市場移転のカギとなる「食の安全」に関わるリスコミについて考察しました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください。また、弊会の「食の安全・安心」に関する事業活動に参加したい方は、SFSS入会をご検討ください(正会員に入会いただくと、有料フォーラムの参加費が1年間、無料となります)。 よろしくお願いいたします。

◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
 http://www.nposfss.com/sfss.html

(文責:山崎 毅)