その"発がんリスク"は本当に回避すべきなの?

[2019年6月30日日曜日]

 "リスクの伝道師"SFSSの山崎です。本ブログでは、毎月食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月は食のリスクを議論するうえで、常に話題となる"発がんリスク"の問題について考察したいと思います。
 まずは、食の放射能汚染をとりあげたSFSSの「食の安全・安心Q&A」をご参照ください:


 ◎食の放射能汚染について②
  http://www.nposfss.com/cat3/faq/q_10.html

 Q(消費者):低線量放射線被ばくはどんなに低レベルでも発がんリスクに閾値がないので避けるべきと聞いた。福島県のお米やお肉も本当に大丈夫なのか?
 A(SFSS):まったく問題ありません。天然の放射線被ばくに比べて、放射性セシウム汚染による被ばく量は極端に低いため、その発がんリスクも無視できるレベルです。

<MEMO>
福島県産農畜産物からの放射線被ばく量(原発事故由来の放射性セシウム)を天然の食品に含まれる放射線被ばく量(放射性カリウム)と比較した場合に、無視できるレベルまで下がりました。下図のとおり、われわれの身の回りに存在するほかの発がんリスクに比べても比較的小さいので、心配の必要はありません。

201906_fig.jpg

 それよりも食肉を十分加熱調理せずに生食することや、生肉や生野菜を調理する際の調理器具を介した交差汚染で起こる病原微生物(O157、カンピロバクター、サルモネラなど)による食中毒の健康リスクのほうがはるかに大きく、確定的死亡リスクが潜んでいるため要注意です。最近流行りの「ジビエ料理」も、鍋料理など十分な加熱調理されたものが無難です。食品中の残存リスクの大小を正しく理解することで、本当に回避すべき「食のリスク」を見極めるバランス感覚を養いましょう。


 上述の図において、われわれの身の回りにたくさんの「発がんリスクの山」が存在していることを正しくイメージできると、「比較的低いリスクの山」、すなわち食品添加物、残留農薬、遺伝子組み換え作物、食の放射能汚染などをさらに低くすることよりも、喫煙・過度の飲酒・PM2.5・ストレス・運動不足・野菜嫌い・カビ毒など「高いリスクの山」を低くすることの方が、発がんリスク低減にはより効果的だと理解できるはずだ。

 発がんリスクの山の高さは、あくまでリスクの大小をイメージしやすくするためのものだが、もし山の高さ=発がんリスクの大きさ(エビデンスの強さを含む)を仮の数値で表してみると、以下の表のようにわかりやすくなる:

201906_ta3.jpg

 この表の「発がんリスク低減効果」の数値をみていただくと、禁煙や飲酒をひかえることにより、発がんリスクを効果的に下げることが可能とわかっていただけると思うが、無添加や無農薬などはリスク低減効果が無視できるほど小さいだけでなく、むしろ発がんリスクが上昇する可能性もあるということだ(「リスクのトレードオフ」)。遺伝子組み換え作物や食の放射能汚染も、これらを回避することでのリスク低減効果はまったくない(無視できるレベル)と考えてよいだろう。

 もしタバコや酒の発がんリスクは許容しているのに、食品添加物や残留農薬の発がんリスクは絶対回避したいという方がおられたとしたら、それはかなりリスク感覚がずれていると言わざるを得ない(不安を煽る週刊誌報道の編集者/ライターさんたちは、きっと酒もタバコもやらないんでしょうね?!)。 福島県産農畜産物はわずかでも放射性セシウムに汚染されているかもしれないので、その発がんリスクは許容できないという方々も、毎日摂取している天然の食品中の放射性カリウムによる内部被ばく量の方が明らかに大きいにもかかわらず、なぜその発がんリスクは受け入れるのか。ただし、「発がんリスクとは関係なく、原発事故由来の放射性物質は許容しない」という価値観をお持ちの方を否定するつもりはないので、その方々の合理的選択の権利は尊重すべきだろう。

 最近雑誌等で散見されるようになった、食品中のハザード「アクリルアミド」は野菜などの天然物を加熱調理することで発生するメイラード反応生成物の一種だが、その遺伝毒性が動物実験で報告され、その発がんリスクが指摘されている。だがその「アクリルアミド」は上述の「発がんリスクの山」の図において、それほど高くないものとなっているのは、喫煙・アルコール飲料・カビ毒のアフラトキシンなどが、IARCの発がん性分類においてグループ1(ヒトへの発がん性について十分な証拠がある:carcinogenic to humans)に分類されているのに対して、アクリルアミドはグループ2A(実験動物の発がんについては十分な証拠がある場合:probably carcinogenic to humans)に分類されているからだ:

 ◎国際がん研究機関(IARC)の概要とIARC発がん性分類について(農水省HPより)
  http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/priority/hazard_chem/iarc.html

 実際にわれわれが、アクリルアミドのヒトへの発がん性エビデンスについて、広範な科学文献情報を調査してファクトチェックした結果を、添付のスライドにまとめたのでご参照いただきたい:
 http://www.nposfss.com/data/acrylamide.pdf

①アクリルアミドのヒト疫学研究報告のまとめ スライド#6
 若干古い資料になるが、これまでのヒト疫学研究において、「多数のヒト疫学研究の調査結果においてアクリルアミドの推定摂取量とがん発症に一定の相関が認められなかった」というのが、ヒトでの科学的エビデンス情報になる。

②動物実験データを外挿する際の種差に関する考察 スライド#11-#13
 アクリルアミドの尿中代謝について、ヒトとラットでは異なることが指摘されている。ラットにおいてはより発がん性が高いと思われるGAMA(エポキシド代謝物)が尿中において大量に検出されており、それに比較してヒトでは少量となっている(#13)。元国立医薬品食品衛生研究所/徳島大学教授の関澤純先生は、これらのようにモードオブアクション(MOA)を慎重に検討したうえでないと、ヒトへの健康影響評価を見誤る可能性を指摘されている(#11)。

 このヒトとラットでの代謝の違いは、ヒトでのアクリルアミドに対する感受性の違いを証明しており、ヒト疫学研究において食品中のアクリルアミド推定摂取量とがん発症との一定の相関が認められていないことと一致している。動物実験でのアクリルアミド単独投与の試験結果を単純に外挿し、ヒトが食品中のアクリアミドを摂食した際の発がん性リスクを評価するのは科学的に誤った結論をもたらしている可能性が十分あるだろう。やはり食品中のアクリルアミドのヒトでの発がん性リスクについて、これまでの科学的エビデンスをもとに考察すると、「発がん性がある」と断定するには問題ありと考える。

 これらの詳細なエビデンス情報をもとに「加熱調理食品中のアクリルアミド」の発がん性リスクを評価すると、野菜自体の摂取による発がんリスク低減効果を否定するほどの強い発がんリスクが「加熱調理食品中のアクリルアミド」にあるとは考えられない、という結論に達した。これら加工食品中のアクリルアミドの健康リスクをどうとらえるべきかについては、筆者の過去ブログでも考察しているので参照されたい:

・食のリスクは多面的に評価しないと見誤る?!
 ~スタバ:LA裁判所の理不尽な判決に当惑~
 BLOGOS-山崎 毅(食の安全と安心)- 2018年04月21日

 https://blogos.com/article/292129/

 以上、今回のブログでは"発がんリスク"の大小について、正しいリスクイメージをもつことの重要性を解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しております(参加費は3,000円/回ですが、どなたでも参加可能)ので、ご参照ください:

食のリスクコミュニケーション・フォーラム2019(4回シリーズ)
『消費者市民の安全・安心につながる食のリスコミとは』開催案内

 http://www.nposfss.com/riscom2019/

◎第1回『食の放射能汚染のリスコミのあり方
      ~風評被害にどう立ち向かう?』(4/21)開催速報
      http://www.nposfss.com/cat9/riscom2019_01.html
◎第2回『食品添加物のリスコミのあり方
      ~不安を煽るフェイクニュースにどう対抗する?』(6/23)開催速報
      http://www.nposfss.com/cat9/riscom2019_02.html

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com