「異物混入連鎖」のリスクはどの程度なのか

[2015年1月14日水曜日]

 このブログでは食品のリスク情報とその伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、今回は先月に引き続き、いま問題視されている食品への異物混入問題について議論したい。

 一連の食品異物混入問題について、日本マクドナルド社が記者会見を行ったことに加えて食品企業各社より異物混入事故の公表が相次いでいる。まさに「異物混入連鎖」「異物混入ドミノ」などと社会問題化してきた様相だが、食品への異物混入事故がここ最近急に増えてきたわけではなく、食品業界にとって「異物混入」は永遠の課題として低減化に努めてきたにもかかわらず、いまだ異物混入ゼロが達成できていないという経緯を、先月の筆者ブログで説明したところだ:

◎『「一事が万事」は不安をあおる。限定的リスク評価の目を養おう。』
http://www.nposfss.com/blog/limited_risk_assessment.html

 日本マクドナルド社の記者会見において、ある意味食品事業者の本音に近い部分(「適切な対応であった」)が語られたわけだが、おそらく消費者の側からすると、こんなに異物混入報道が続くと、日々われわれの口の中に入るものなので大丈夫だろうか、適切な対応であったというのは納得がいかないと感じた方も多いのではないだろうか?

 少なくとも実際にその異物混入の事故に遭遇した消費者の立場にたって考えると、自分がこのようなものに遭遇したからには、同じ食品を食べた方が同じことに遭遇するかもしれないので、これを世間に公表すべきだと感じるのは無理もないことである。

 ただ、実際にその異物混入が、同じロットの食品でほかにも発生するかどうか(多発性)、またその異物混入によりヒトへの健康被害が起こるかどうか(危害性)というリスク評価はあくまで科学的問題なので、消費者が発見した特定の異物混入事故を企業が公表すべきかどうかについては難しい判断になると思われる。これがいわゆる「個別問題」なのか、「公表すべき問題」なのかというリスク管理の二者択一の問題だ。

 実際、食品への異物混入事例がどの程度保健所に報告されているのだろうか?東京都での苦情統計データが発表されているので、そちらを以下のサイトでご参照いただきたい:

◎食品の苦情統計(東京都福祉保健局「東京都の食品安全情報サイト」)
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/kujou/

 こちらの数字をみると、東京都管轄の保健所に消費者から届け出られた異物混入の苦情だけで年間681件(平成24年)もあるとのこと。全国ではおそらく数千件におよぶであろうことが推測できる。だが、これら異物混入の苦情が保健所にあった場合、当該食品を販売していた会社への通達・調査依頼・立ち入り検査などを実施するとしても、すべての異物混入事例が公表されるわけではない。

 それは、保健所も企業から事情聴取+必要に応じて立ち入り検査のうえ、上述の多発性と危害性を科学的に評価したうえで、企業が情報を公表すべきかどうか、回収をすべきかどうかの指導をするからだ。やはりこのリスク評価において、もっとも重視されるのは危害性であり、健康被害が今後懸念される場合は自主回収・製造中止も含めた再発防止策が指導される。しかし、たとえば虫や毛髪などの混入のように危害性が低いと判断された場合は、原因が特定されて多発性の懸念がない限り、公表/自主回収の必要はなし/再発防止策を周知徹底せよとの指導になるであろう。

 実際、食品の異物混入等による自主回収/リコール情報は、以下のサイトで公表されており、たしかに過去に比べて回収件数は増えているとはいえ、上述の苦情件数からするとその件数はかなり少ないことがわかる:

◎食品事故情報告知ネット(財団法人食品産業センター)
http://www.shokusan-kokuchi.jp/

 おそらく10年前までの日本であれば、企業/保健所がこのようなリスク評価/リスク管理を実施していれば消費者は納得したであろうが、いまの消費者は「食の安心」に敏感であり、様相が変わってきたことが大きな特徴だ。上述の筆者ブログ先月号でもその点を指摘したところだが、不特定多数の消費者に対して無秩序かつ非科学的なリスク情報が飛び交う「バーチャル不安煽動空間」が各地で増殖していく社会現象に、筆者は大きな危機感を覚えてしまう。

 虫が混入したという事実は変えようがなく、被害に遭った消費者個人にとっては非常に不快な話であるが、もし現物を詳細に分析した結果、虫の混入が製造工程で入ったものではないことが判明すれば「多発性」は否定されるので、今後同様の異物混入が再発する可能性は非常に低く、情報公開/自主回収などの措置をとる必要はないと判断される。逆に分析の結果、製造工程で混入した可能性が否定できない場合でも、同じロットの食品がすでにほとんど販売済みであった場合(外食産業がこのケース)に、同様の苦情がほかに1件も届いていなければ「多発性」は否定されることになり、公表の必要性はないと判断される。

 ところが、企業/行政が当該事例を公表するかどうかの科学的判断をする前に、上述の消費者/マスメディアによる「バーチャル不安煽動空間」が無秩序に増殖してしまうと、もうリスク評価を科学的に実施する時間的猶予は企業に与えられず、情報公開せざるをえない状況に追い込まれる。それが今回の食品企業各社による「異物混入連鎖」の実態であろう。すなわち、消費者からの苦情が科学的リスク評価のプロセスを経ないまま、不特定多数に情報公開されてしまっているのだ。

 筆者がもっとも恐れるのは、企業が消費者個人(お客様)の不快な気持ちを重んじるばかりに、当該製品の自主回収/製品中止を必要以上に決めてしまうことで、食品供給不足や食品ロスの問題が拡大することだ。事実、ペヤングソース焼きそばにしても、マックフライドポテトにしても、消費者にも絶大な人気のある商品が市場から消えてしまうこと、回収により廃棄されてしまうことは、すべての消費者が望んでいることとは思えない。

 だからこそ、上述の筆者ブログ先月号でも「限定的リスク評価」を科学的に実施することについて、企業/行政はもちろんのこと、消費者/マスメディアにもご理解いただきたいと節に願うところである。消費者が食品への異物混入を発見したことはたしかに事実であるが、それが製造工程で混入したとは限らず、実際に消費者が商品を開封した後に偶然混入してしまうケースもありうる(消費者が気付かないケースもあるのだが、「お客様のところで入ったのでは?」と企業側からは言えない)ので、まずは企業による分析結果を待っていただきたいものだ。

 それをしないで「なんと○○に虫が混入!」と消費者自身がネットに写真を掲載してしまった後で、分析調査の結果、「虫が死んだのはお客様が商品を購入された後のようですので、開封後に偶然虫が飛び込んだ可能性が高いようです・・」となった場合、非常にかっこ悪いこと:「いや虫の混入の件、実は灯台下暗しでした(汗)」になってしまうかもしれない。

 できることならまずは、企業に対して異物混入の事実を伝えた後、科学的リスク評価の結果を待っていただき、本当にその食品事故が公表すべき事例かどうか、企業とよく話し合っていただきたいと思う。異物混入があったからといって、すべての同商品が同様のリスクを保持するとは限らないという原理を知っておいていただくと、冷静な判断ができるように思う。

 原産地の問題も、中国が危ないらしい、タイも危ないらしい、国産も信用できなくなってきた、というような「一事が万事」の非科学的リスク評価は控えたいものだ。食品問題評論家のような専門家肌の方に限って、このようなレベルの低いリスク評価を感想としてTVなどで述べられると非常に残念に思う。

 もちろんだが、上述の筆者ブログ先月号でも述べたとおり、筆者は「食品の異物混入事故」を仕方ない事象としているわけでは決してない。異物混入は食品事業者にとって永遠の課題であり、「異物混入ゼロ」の製造・品質管理システム+人材の育成を究極のゴールとして目指すべきと考えている。厚労省、消費者庁も、その旨の通達を先週、地方公共団体の食品行政に対して発信しているので、そちらも以下で参照されたい:

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000070788.html
http://www.caa.go.jp/safety/pdf/150109kouhyou_2.pdf

 SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法についてコンサルティングや学術啓発講演のサービスを提供しており、2月7日(土)には「一般公開シンポジウム:食の安全と安心フォーラムⅩ~ノロウイルスの最新研究とその防御対策~@東京大学農学部弥生講堂一条ホール(参加費無料)」を開催いたします。

 開催概要と申込受付を掲載しておりますので、ご参照ください: ⇒ http://www.nposfss.com/cat2/forum10.html


(文責:山崎 毅)