食のフェイクニュースを拡散するのは誰だ?
~週刊誌報道やとんでも本?SNS?それとも・・・~

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[2018年12月17日月曜日]

 "リスクの伝道師"山崎です。本ブログでは、毎月食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月はハーバード・ビジネス・レビュー2019年1月号に『巧妙化する虚偽情報に企業はどう対応すべきか』という特集が掲載されましたので、これを引用しつつ「食のフェイクニュース」に対して消費者市民や食品事業者がどう対応していくべきかを議論したいと思います。

 まず筆者が注目したのは、ツイッターにおける真実と虚偽ニュースのネット上での拡散度合いを比較分析し、今年サイエンス誌に発表して世界的に注目されたMITシナン・アラル教授の記事だ:

 SNSの大規模調査に基づく提言『"フェイクニュース"といかに戦うか』
  著:シナン・アラル(MITスローンスクール・オブ・マネジメント教授)、訳:鈴木立哉

  DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー2019年1月号 p18-33.
  "The Truth Disrupted," Sinan Aral, HBR.org, July 17, 2018.
  https://hbr.org/cover-story/2018/07/truth-disrupted

 Soroush Vosoughi, Deb Roy, Sinan Aral
  "The spread of true and false news online"

  Science (2018) 359, pp. 1146-1151 DOI: 10.1126/science.aap9559
  http://science.sciencemag.org/content/359/6380/1146

 アラル教授らが、このサイエンス2018年3月9日号のカバーストリーで発表した調査内容は、単純にまとめると以下の通りだ:過去12年間(ツイッターが開始した2006年以降)に飛び交ったツイッター上の一連の情報群="ツイート・カスケード"12万6千件の内容が、事実情報か虚偽ニュースか(アラル教授は政治家たちが都合よく使用する「フェイクニュース」という用語ではなく、あえて「フォルス(虚偽)ニュース」と呼んでいる)に振り分けてネット上での拡散度合いを比較したところ、どの分野でも虚偽ニュースのほうが事実情報よりも遠くに、速く、深く、そして幅広い範囲で広がっていたというのだ。しかも、政治に関する虚偽ニュースのほうが、他分野のニュースより強い度合いで拡散していることがわかったという。

 これは2016年の米大統領選のごとく、民主主義や選挙に深刻な影響をもたらすだけでなく、これらオンライン上の虚偽ニュースが経済・ビジネス・安全保障や生活全般にいたるまで危険性をはらむ問題であり、市民の誰もが損害を被る可能性を秘めているとのこと。SNSというプラットフォームがデマや噂を拡散するスピードは驚くほど短時間でその範囲は広大であり、世界中で何十億人という(新聞やTVでニュースを見ない)ユーザーが日々目にするSNS上のニュースが、ほぼノーチェックでシェア・リツイートされるのだから、虚偽ニュースが安易に広がるプラットフォームができてしまっているということなのだろう。

 アラル教授らの分析結果と考察によると、これら虚偽ニュースのオンライン上での強大な広がりは、SNSの背後にいる「大物」やボットなど機械の力ではなく、一般ユーザー、すなわち人間の手による可能性が高いとのこと。「新奇性仮説(novelty hypothesis)」など、目新しいことが人々の注意をひき、「自分はこのことを知っているよ」と他人に伝えたくなる気持ちが情報のシェアを促すというような考察もされている。これらのことは、SNSで情報を受け取るユーザーの側に問題があり、「いいね」やリツイートを思わずしてしまうアクションの動機づけを止めることが、虚偽ニュース拡散防止につながるとも解釈できる。今回のHBR特集号において、もう一人注目に値するインタビュー記事が掲載されているのが解剖学者・養老孟司先生だが、養老先生の理論はこのアラル教授らの虚偽ニュースを受け取る側の分析と一致しているように見える。

 すなわち、『意識は嘘を見抜けない』と題したインタビュー記事の中で、養老先生は嘘(虚偽)がニュースになるのは記号化した第一段階に過ぎず、これが発信者から受け取り手に伝えられる第二段階において初めて情報となり、受け取り手がその情報を意識することでアクションを起こすことになるが、ここに問題点があると説いている。記号化の段階で嘘のニュースが発生し、受け取り手がこの情報を意識のみで見抜くことは極めて困難なので、情報をスルーする(代わりに五感で判断する)ことがフェイクニュースに騙されないコツだというのだ。嘘発生の第3段階は「無意識の段階」として、記号化・情報化されない外界の現象を感覚でとらえるときに発生するものと定義されているが、このあたりは非常に解釈が難しい理論だ。

 この件で、筆者が実例として思い起こしたのが、熊本地震の際に「動物園からライオンが逃げ出した」というSNS上の合成画像によるフェイクニュースだ。たしかに、養老先生が言われるように、このような記号化されたネット上の虚偽情報に対して意識のみで拡散してしまうのではなく、五感による判断でスルーする資質が情報の受け取り手側にあれば、おそらく市民が虚偽情報に踊らされることはなかったということなのだろう。これに対して記号化された情報ではなく、目の前に本当にライオンが現れたとしたら、本物か着ぐるみなのかの判断は自分の五感でするしかない(無意識の段階)ということか。

 さてアラル教授の記事に話を戻すと、虚偽ニュースに立ち向かう方法として、情報を受け取る側へのアプローチと情報提供側へのアプローチを、教育・動機付け・技術的ツール(アルゴリズムの開発)・規制などにわけて、詳しく議論しているので、ご興味ある方は原著をご一読いただきたい。情報提供側へのアプローチについては、SNSというプラットフォームでの広告収入によるビジネスモデル自体を破壊し、有料会員制に切り替えることや、監視などの規制を厳しくするなどの大胆な提案もされているが、おそらくプラットフォーム側の収益やプライバシー保護に大きく関わる問題なので実現は難しそうだ。

 やはりもっとも取組みが現実的な分野は、情報を受け取る一般ユーザー/消費者市民に対して、虚偽ニュースを見分け抵抗する方法について教育する、もしくは虚偽ニュースの報告で一定の役割を担う(プラットフォーム会社からインセンティブを付与する?)ことではないか。その場合に重要な課題のひとつは、虚偽ニュースをいかにして正確に見分けるのか、また真実か嘘かを誰が決めるのか、ということだろう。アラル教授らのサイエンス論文では、どうやって膨大なツイート情報を事実情報と虚偽情報に振り分けたのだろうと感心した次第だが、既存のファクトチェッカー6団体が行った真実性評価結果のあるツイート情報から、MITなど第三者により情報選択バイアスがないと認定した情報のみを抽出したとのこと。あらためてすごいアルゴリズム開発を駆使した調査論文との印象と同時に、今後もSNS企業や行政機関が自らファクトチェッカーになることはきっとないだろうというくらい膨大な作業を要したであろうことが推測された。

 われわれNPO法人食の安全と安心を科学する会(SFSS)も、食・健康・医療分野でのファクトチェック活動を開始したばかりだが、すでに3件のファクトチェックを実施・発表している:

<食・健康・医療のファクトチェック>
◎食品添加物トレハロースは本当に危険か⇒「事実に反する」
  ~SFSSが英誌Natureの問題提起論文をファクトチェック!~

  http://www.nposfss.com/cat3/fact/trehalose.html

◎『食べてはいけない「国産食品」実名リスト』⇒「不正確(レベル2)」
  ~SFSSが週刊新潮記事(5月24日号)をファクトチェック!~

  http://www.nposfss.com/cat3/fact/weekly_shincho0524.html

◎『最新科学にもとづく「食と健康の正しい知識」』⇒ 一部「不正確(レベル2)」、一部「正確(レベル0)」
  ~SFSSがNewton(2018年12月号)をファクトチェック!~

  http://www.nposfss.com/cat3/fact/newton201812.html

 われわれSFSSがこのようなファクトチェック活動を実施するうえで、アラル教授も虚偽ニュースを防ぐための課題のひとつとしてあげている項目が、高度な虚偽情報としての「混合型(mixed type)ニュース」の問題だ。上記3つのファクトチェック記事にて採り上げた疑義言説も、まさにこの「混合型ニュース」、すなわち事実と虚偽を取り混ぜて、事実の下に虚偽が隠れているので一般消費者にはみつけにくい「もっともらしい科学報道」ばかりなのだ。またわれわれにとってさらに深刻な課題として、膨大なSNS上の疑義言説をキャッチして、エビデンス調査を包括的に推進するだけのリソースが不足しているという問題がある。

 とくに、食の安全・安心に係るリスク情報に関しても、いまだに多くのミスリーディングな虚偽情報が消費者市民のリスクリテラシーに悪影響を与えており、科学的エビデンス情報を、どのような手法で消費者市民に伝えていくことで理解されるのか、課題山積の状況だ。消費者庁が昨年度に実施した食品添加物についての消費者意向調査において、「Q69.(購入時の商品選択の際、「無添加」等の「表示がある食品を購入している」という方にお伺いします)あなたが「○○を使用していない」、「無添加」の表示がある食品を購入する理由をお教えください。(いくつでも)」という設問に対して、「安全で健康に良さそうなため」が72.9%と最も多く、男女を問わず全ての世代で同様であったとのこと:

 ◎平成29年度食品表示に関する消費者意向調査(消費者庁:平成30年5月31日)
  http://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/information/research/2017/
pdf/information_research_2017_180531_0002.pdf

 この消費者意向調査の結果を見る限り、「一部の食品添加物が健康に良くない」というフェイクニュース(科学的エビデンスによる明白な誤情報)が、いまだに一般消費者の目の届く範囲に蔓延しているのではないかと疑われるところだ。このような虚偽情報を流布・拡散しているのは誰かというと、残念ながら上記ファクトチェック記事の対象言説となった科学報道だけではない。「食品添加物を使った加工食品より無添加のほうが安全に決まっている」という確証バイアスに陥った虚偽情報をSNSでつぶやいたあなた自身かもしれないし、それをシェアして拡散したあなたの友人たちかもしれない。実際は、無添加食品のほうが健康リスクの高いケースが多いにもかかわらず、「無添加」や「保存料不使用」をマスで告知している食品事業者も、そのリスク誤認情報が世の中の「食の安心」を脅かしているフェイクニュースであることに早く気づいていただきたいものだ。

 以上、今回のブログではフェイクニュースの発生原因と拡散防止策について、くわしく解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションの学術啓発イベントを実施しておりますので、ふるってご参加ください:

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2018(4回シリーズ)
 『消費者市民のリスクリテラシー向上につながるリスコミとは』開催速報
  第1回 テーマ:『市民の食の安心につながるリスコミとは』(4/15)

   http://www.nposfss.com/cat9/riscom2018_01.html
  第2回 テーマ:『残留農薬のリスクコミとは』 (6/24)
   http://www.nposfss.com/cat9/riscom2018_02.html
  第3回 テーマ:『原料原産地のリスクコミとは』(8/26)
   http://www.nposfss.com/cat9/riscom2018_03.html
  第4回テーマ:『遺伝子組み換え作物のリスコミのあり方』(10/28)
   http://www.nposfss.com/cat9/riscom2018_04.html

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com