食品の安全を確保するしくみ:HACCPを学ぼう!

[2015年2月12日木曜日]

 このブログでは食品のリスク情報とその伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、今回はここのところ注目されている食品への異物混入問題に関係した話題として、ほとんどの食品事業者が採用している食品の安全を確保するしくみ「HACCP(ハサップ)」についてとりあげたい。

 先日2月7日に東京大学農学部にて当NPO主催で開催した「食の安全と安心フォーラムⅩ」では、ノロウイルスの最新研究とその防護対策について3人の専門家の先生方よりご講演をいただき、パネルディスカッションも含めてノロウイルスについてのいろいろな疑問にお答えいただいた:

◎食の安全と安心フォーラムⅩ 開催速報
 http://www.nposfss.com/cat9/forum10sokuho.html

 ここ2-3日だけでもノロウイルスによる集団食中毒が全国で報道されており、事故を起こしてしまった食品事業者は何日間かの営業停止+一番大切なビジネス上の「信用」を失うことになる。当然、すべての食品事業者にとって食品由来の健康被害を出さないことが非常に重要な課題なのだが、必ずしも対策が奏功していないのが実情だ。最近問題が表面化した異物混入の問題も同様、食品事業者にとって永遠の課題であるということは先月・先々月の本ブログでもとりあげたところだ:

◎「一事が万事」は不安をあおる。限定的リスク評価の目を養おう。
  http://www.nposfss.com/blog/limited_risk_assessment.html

◎「異物混入連鎖」のリスクはどの程度なのか
  http://www.nposfss.com/blog/contamination.html

 消費者の単純な疑問として、「なぜ食品を販売する前の最終製品でしっかり検査しないの?」と思われたことはないだろうか?実際、マスメディアから「最後の最後、商品として売り出す段階のところで危険物質の混入を食い止める検査方法などがあるのでしょうか?」というご質問を受けたことがある。今回ご説明する「HACCP」というしくみは、たしかに食品の最終製品を詳しく分析・検査するやり方ではないので、そこが不完全と感じる方も多いであろう。

 HACCPとは、「Hazard Analysis and Critical Control Point(危害分析及び重要管理点)」の頭文字をとったもので食品の衛生管理システムの国際標準だ。すなわち、食品の製造工程(原材料受け入れから最終製品出荷)における危害要因(ハザード)を分析し、危害防止のための重要な監視点(CCP)を決めて、継続的に監視・記録する自主的製造工程管理システムだ。HACCPの考え方は、食品産業センターのサイトが比較的わかりやすいので、以下のURLをご参照いただきたい:
  http://www.shokusan.or.jp/haccp/basis/

 このサイトによると、本システムは1960年代の米国アポロ計画のとき、宇宙食の安全性確保のために構築されたものとのこと。従来のような最終製品の抜き取り検査で安全性を保証する方式でなく、技術的、科学的な根拠に基づいて連続的に管理状態をモニターし、製造ロット内のすべての製品を保証しようとしたことが始まりのようだ。

 それにしても、なぜ食品の場合には医薬品のGMPなどと同様、最終製品の抜き取り検査として詳しい品質検査をしないのか(もちろん、大手加工食品工場などでは目視検査・金属探知機、微生物検査は実施している)について、食品の生産量と利益を理由にあげて以下に説明したい。

 イメージとしては、たとえばある小さな食品工場において、おまんじゅうを1日10個限定で製造していたとして、もし最終製品10個のうち1個をわざわざ犠牲にして、微生物・農薬・重金属などの品質検査をするのに1回10万円の経費をかけていたら、分析結果は全部問題なしだったとしても、工場の儲けがなくなってしまう。ところが、これが製薬会社の医薬品製造となると、1日100万錠の風邪薬を製造したとして、最終製品の10錠を犠牲にして、同じ10万円の品質検査をしても、全体の売上額が大きいので、十分儲けが出ることになる。

 また、おまんじゅうの製造の場合、1個の抜き取り検査だけでは残り9個のおまんじゅうの品質が反映できていない可能性が高い。異物混入などは特にそれが該当する。残りの9個のなかに髪の毛が入っていても、1個の抜き取り検査ではわからないからだ。さらに、おまんじゅうの場合、最終製品で保証すべき項目は食経験による安全性と美味しさであって、検査数値をもって保証するものではないので、製造プロセスを十分な衛生状態に保つことのほうが重要で、HACCPがむいてくることになる。

 他方、医薬品の場合は製造工程が厳しい条件で管理統制されており、製造された1ロット100万錠の風邪薬が極めて均一な品質条件になっているので、最終製品を10錠抜き取り検査することで、残りの99万9990錠の品質を反映していると判断できる。また、最終製品に活性成分が一定量含有されることを保証しないといけないので、最終製品の抜き取り検査が義務付けられている。もちろん目視検品・金属探知・ウエイトチェックなども通らなければ出荷できない。これが医薬品のGMP基準だ。

 すなわち、食品の場合は、最終製品の品質検査を毎回実施することでリスクを減らすGMPのような管理方法よりも、原料や製造プロセスの衛生管理の中で各ハザードを監視しながらリスクを下げることで、十分食品衛生状態を良好に保てるやり方(HACCP)が経済的にもむいているということだ。毎日きちんと一定の製造プロセスで食品衛生管理をしていれば、同じ安全性のおまんじゅうが毎日10個ずつ365日製造できるのだから、最終製品の品質検査にお金をかける必要性がないということだろう。

 ただ、ノロウイルス汚染による食中毒にしても異物混入にしても、比較的小規模な食品製造事業者や外食店舗で発生する事例が多いことから、結局このHACCPがうまく機能しなかった場合に発生してしまうと考えられる。特に、施設・器具・ヒトなどのいわゆる「一般衛生管理」が不完全だと、ノロなど見えないハザードの汚染が起こっても気づかず、集団食中毒に発展してしまうリスクがあるのは当然だ。

 このHACCPの考え方をいかにしっかり管理するかが食の安全を確保するために非常に重要であることがおわかりいただいたと思うが、実はこのシステムは食品事業者だけの問題ではなく、家庭の調理場など消費者サイドにおいても全く同じ考え方で適用できることを知っていただきたい。すなわち、食品事業者がいくらハザードを防止した食品を提供しても、最後の最後に消費者がノロウイルスに汚染した手で食品を調理したり、食べたりすると食中毒が起こるということだ。異物混入もまたしかりで、一般家庭で衛生状態の悪いキッチンでは、気づかないうちに髪の毛や虫が混入する可能性も高い。

 このあたりは公益社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会(NACS)が最近、「HACCPは全員参加で!」という非常にわかりやすい小冊子を作成されたので、そちらを参照してHACCPを学んでいただきたい:

◎消費者とHACCPを"近キョリ"にする1冊を作ってみました
"HACCPは全員参加で!" NACSホームページより
  http://www.nacs.or.jp/tokubetuiinkai/shoku.html

以上、SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法についてコンサルティング・学術啓発講演のサービス・学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください。また、当NPOの食の安全・安心の事業活動に参加したいという皆様は、ぜひSFSS入会をご検討ください。よろしくお願いいたします。

◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
  http://www.nposfss.com/sfss.html


(文責:山崎 毅)