遺伝子組換え/ゲノム編集食品のリスクはどの程度?!
~ノーベル賞学者リチャード・ロバーツ氏の一問一答~

[2019年11月30日土曜日]

Roberts,_Richard_John_(1943).jpgのサムネイル画像
ウィキペディアより
By paloma.cl - originally posted to Flickr as Interviewing
Mr. Roberts, Nobel Prize 1993, CC BY-SA 2.0,
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5383603


 "リスクの伝道師"SFSSの山崎です。本ブログでは、毎月食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月は11月25日に東京一橋講堂で開催されたリチャード・ロバーツ氏講演会での遺伝子組換え作物(GMOs)に関する議論についてご報告したいと思います。なお、講演会の概要は以下のとおりです:

◎CIGS International Symposium
 「バイオテクノロジーは食料問題と環境問題を解決するか?
 リチャード・ロバーツ(ノーベル賞受賞者)講演会」

 https://cigs.canon/event/report/20191209_6096.html
 日 時:2019年11月25日(月)13:00-15:30
 会 場:一橋大学学術総合センター2階 一橋講堂
 参加費:無料 (日英同時通訳あり)

<イントロダクション>
  杉山 大志 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
<基調講演>
"150 Nobel Laureates support GMOs"
  リチャード・ロバーツ(Richard J. Roberts) ノーベル生理学・医学賞受賞者
<パネルディスカッション>
 モデレーター:杉山 大志
 パネリスト:リチャード・ロバーツ、
      小島 正美 「食生活ジャーナリストの会」代表
      須田 桃子 毎日新聞 科学環境部記者

 最初から筆者の率直な感想を述べたいと思う・・ 「やはりノーベル賞学者は違う!」 講演においてもパネルディスカッションにおいても、言及されるひとつひとつの言葉が明快だ。洞察力のある科学者は、われわれ一般大衆の素朴な疑問に対して、科学的事実を毅然と明快に説明してくれる(「よくわかっていない」などと不安を煽る偽専門家とはまったく違う)。

 まずロバーツ氏の講演タイトルから、ズバリ核心をついている:"150 Nobel Laureates support GMOs" すなわち、「150人のノーベル賞学者たちは遺伝子組換え作物(GMOs)を支持している」という意味だが、ほとんど「それでもあなたたちはGMOsが危険だと思うの?」と問いかけているようだ。さらにロバーツ氏はうったえる。彼は欧州委員会から医療についての講演依頼を受けたときに、開発途上国における食糧危機の話をしたとのこと:「世界中で8億人が空腹のまま眠りについていることをご存知か?そう考えると、(開発途上国で飢えている人々にとって)食料はまさに医薬品(と同じ)なんだ!(FOOD is MEDICINE)」 これは言い換えると、「GMOsは世界の食糧危機を救う切り札なのに、なぜ反対するのか」ということだ。

 欧米や日本などの先進国では飽食の時代にあり、カロリー過多による生活習慣病が蔓延する中、何百万トンという大量の食品ロスを各国で生んでいる。それにもかかわらず、開発途上国で飢えに苦しんでいる人々が求めている食糧、すなわちGMOsには反対するという本末転倒を人類が続けてもよいのか、とうことで、ノーベル賞学者たちが中心となり、2013年よりGMOsキャンペーンを展開しているとのこと。

 GMOsを支持する科学者はモンサントなどアグリビジネス企業から献金を受けているから信用できない、などという"陰謀論""御用学者論"が、よくSNSで拡散されているが、ロバーツ氏らはそのような研究資金を一切もらっていないノーベル賞受賞者の集団150人(今回来日して会ったノーベル賞学者の大村氏もサインするそうなので151人になるとか)であり、純粋に科学的な視点からGMO反対派(具体的には"Greenpeace")に対して以下の異論を唱えている:「GMO食品は危険だから世の中から排除すべきなどと、一般大衆を怖がらせる活動は止めるべきだ」

 ロバーツ氏はさらに、いくつかの論点からGMOsが危険とはいえないことを解説された。

・いま我々が食べている野菜や果物などの農産物は、すべて野生の植物ではなく、人類がいくつもの品種改良を重ねて生み出したものである。具体的にはトウモロコシを例にそれを説明された。言い換えると、すべての農産物は野生種の遺伝子が改変されてできた人工的産物であり、我々はずっとそれを食べて生活しているが、何か健康被害が起っているだろうか?

・Greenpeaceの主張:「従来の育種(Conventional Breeding)は安全だが、精密な育種(Precision Breeding: GMOs)は危険」 同じ遺伝子改変なのに? なぜ前者は"自然"で後者は"不自然"?

・自動車に新たなカーナビ(GPS)を搭載するときに、自動車を全部解体してカーナビを組み込むのが従来育種、カーナビだけを取り換えるのが精密育種(GMOs)。カーナビだけ取り換えた車が危険だと思うか? 「飛行機のGPSシステムを自動車に搭載したら、車が空を飛ぶかも・・」とGreenpeaceは言いたいのか。

 筆者は過去のブログでゲノム編集食品を「高速品種改良」と呼んだが、ロバーツ氏はGMOsを「精密育種」と呼んでいる。たしかに従来育種よりも「速く品種改良できる」ことよりも、「精密に品種改良できる」というほうが、そのプロセスのイメージがわきやすいかもしれない。いづれにしてもロバーツ氏は、重要なのは育種の「方法」(従来育種かGMOか)ではなく、「最終産物」と強調された。たしかに、農産物のリスク/安全性を評価するには最終産物の形質がどうかに依存するわけで、どんな方法で品種改良されたかは関係ないと考えるのが合理的だ(そう考えると「ゲノム編集食品」という呼称も本来不要で、強いて言うなら「精密育種食品」?)。

・欧州でGMOsがなぜ嫌われるかというと、科学的評価のせいではなく、政治的理由からだという。すなわち、米国企業(モンサント)に種子/農薬などのアグリビジネスを支配されたくなかったから、Greenpeaceに献金して「GMOsは危険」というキャンペーンを大々的に行ったところ、それがまんまと成功したというわけだ。

 欧州ではGMOsがなくても代替の食糧がたくさんあるので消費者も困らないが、開発途上国は状況が違う。なぜ開発途上国においても反GMO活動を展開するのか理解に苦しむとのこと(欧州企業が開発途上国でもアグリビジネスを牛耳っているからか?)。ちなみにロバーツ氏は、モンサントの儲け主義は嫌いだが、GMOsは好きだと公言されている。

・GMO手法で開発された「ゴールデンライス」はβカロテンを高濃度に含む米であり、アフリカなどの開発途上国で栄養不足に苦しんでいる子供たちを救える画期的農産物として紹介された。これらGMO農産物に反対して、アフリカの国々でも栽培できないようにロビー活動することで、子供たちの栄養不足/死亡リスクに悪影響を及ぼすのは明白であり、人道的問題だ。このような科学的・倫理的に明白な問題について、メディアも両論併記であってはならない。

パネルディスカッションではジャーナリストの小島氏・須田氏からのコメントも含めて、以下のような質疑応答がなされた:

【須田】 遺伝子組換え作物とセットで売られる除草剤が使用されるわけだが、除草剤耐性の"スーパー雑草"が出てくると除草剤の使用量がむしろ増えてくるのでは?
【ロバーツ】 大豆のケースになるが10年~15年使用されている除草剤に対する耐性雑草は出現していないときく。そのようなスーパー雑草が出現する可能性はあるが、その場合はよりよい除草剤を選べばよい。少なくともいまグリフォサートの安全性が問題とされているようだが、ほかの除草剤のほうが危険性が高く、しかも高価なので、いまベストの除草剤を選択すればよい(耐性雑草が出現するからいま使用しないということにはならない)。
【小島】 スーパー雑草については米国視察の際に、たしかに少しは出現しているとの話があったが、ほかの除草剤を使うことで解決しており、農場経営の脅威にはなっていないとのことだった(一部の生産農家の意見ではある)。

【須田】 農家の方々の種子の自家採取ができなくなるのは問題ではないか?
【ロバーツ】 農家が種子を自家採取して次の栽培に使用する方法は、開発途上国の農業には向いていない。アフリカの農家の方々にきくと種子を買って栽培するほうが容易なようだ。

【須田】 別の種から遺伝子を人工的に移すことは不自然であり、不安に感じる消費者がいるのもうなずけるように思うが、ロバーツ氏はどう考えるのか。
【ロバーツ】 細菌の遺伝子は普通に植物の遺伝子に組み込まれており、自然の世界でも遺伝子の移行は起こっている。人工だから危険というのは理解できない。

【須田】 遺伝子組換え作物の安全性はどのように確かめられているのでしょうか?
【ロバーツ】 GMOsの安全性データは十分すぎるほど蓄積されている。従来育種で遺伝子改変がランダムに起こっている農作物の方が精密育種のGMOsよりよっぽど危険というのが、科学者の評価だ。

【小島】 なぜ世の中はロバーツさんのような科学者でなく、専門家ではないGreenpeaceの意見を信じてしまうのか。
【ロバーツ】 Greenpeaceは大きな資金力によりたくさんの広告で魅力的ストーリーを流しているのに対して、われわれ科学者は資金力がなく、情報拡散力が弱いので負けてしまう。
【須田】 アグリビジネスの開発企業は大きな資金を広告にあててきたように見えるが・・
【ロバーツ】 GMOs開発企業は紳士的なビジネスをしていない。われわれ科学者たちはそのような企業からの資金をもらっていない。

【会場より】 以前製薬会社にいたのだが、GM反対派はどのようなアクション・メカニズムでGMOsが人体に悪影響をおよぼすと科学的に主張しているのか?(見たことがないのだが・・)
【ロバーツ】 彼らは科学的エビデンスに基づいてプロパガンダを行っていない。ハリウッド映画のようなストーリーを語っているだけだ。

【会場より】 NGOとかではなく、この分野の生物学者でGMOsに疑問を呈している学者は本当にいないのか?
【ロバーツ】 非常に少数だがいる。しかしそういう方は科学をあいまいに語るケースが多い。たしかにGMOsが開発された当初は実験結果が少なかったので、はっきりと安全とは言えなかった。しかしいまは十分な科学的根拠が蓄積されたので、まっとうな科学者なら「GMOsは安全」と断言できるはず。

【会場より】 オーガニックを選択する消費者もいる。ドイツ・日本でも。あと20年~30年実際GMOsを食べて健康影響がでるかどうかという疫学調査はされるのか?
【ロバーツ】 オーガニックを選んで食べるのはあなたの自由だ。しかし、「GMOsは危険だ」というのは科学的に間違っているので、それは言ってはならないということだ。疫学調査については、すでに20年以上GMOsが市販されているが、とくに健康被害が起ったという報告はきかない。何十年追いかけて、どのくらい沢山食したデータをとれば安全と言っていいのか、という感覚だ。

 そのほか会場から熱心に質問は続いた。
 リチャード・ロバーツ氏の明快な発言を受けて、SFSSがこれまでホームページやTwitterなどで発信してきた遺伝子組換え作物に関する情報について間違いがない事を確認した:

Q(消費者):遺伝子組換え作物(GMOs)が健康によくないという情報は、科学的に正しいのでしょうか?
A(SFSS):現時点で遺伝子組換え作物が非遺伝子組み換え作物と比較して安全性に問題があるという信頼できる科学的証拠はありません。

   http://www.nposfss.com/cat3/faq/q_07.html

 行政や食品事業者を擁護しているようだとのご批判もよく受けるのだが、われわれは遺伝子組換え作物/ゲノム編集食品のリスクについて、今後もサブジェクトを科学的に議論する方向性だけは見失わないよう、客観的・中立的リスコミ活動を続けていく所存だ。

 なお、リチャード・ロバーツ氏のGMOsに関するご講演(英語です)を聴いてみたい方は、以下のサイトなどで動画を閲覧されるとよいだろう:    https://www.youtube.com/watch?v=vpfLbdGBdm4

 以上、今回のブログでは遺伝子組換え作物(GMOs)に関する講演会のご報告とともに、そのリスクの大小についてあらためて考察しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しております:

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2019(4回シリーズ) 開催速報
  http://www.nposfss.com/riscom2019/

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2018
 第4回:『遺伝子組換え作物のリスコミのあり方』(10/28) 開催速報

  http://www.nposfss.com/cat9/riscom2018_04.html

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com