無観客開催が最も感染拡大リスクが少ない?
~優良五輪ファンの価値損失リスクは大きいが・・~

[2021年6月20日日曜日]

 "リスクの伝道師"SFSSの山崎です。本ブログではリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方について、毎回議論をしておりますが、今回は先月に続いて、東京オリパラの開催方法の違いによるリスクの大小について考察したいと思います。まずは、東京オリパラに伴う感染拡大リスク評価について、政府分科会の尾身茂会長など専門家の有志が提言をまとめて記者会見をされた、というニュースを、以下でご視聴いただきたい:

 ◎尾身会長ら提言 五輪無観客望ましい 入れるなら厳しい基準で
  2021年6月18日 NHK WEB
   https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210618/k10013091161000.html

 "提言では「無観客開催が最も感染拡大リスクが少なく望ましい」としたうえで、観客を入れるのであれば、現行の大規模イベントの開催基準より厳しい基準を採用することなどを政府や大会の主催者に求めています。"

 "大会開催に伴うリスクとして、▽大会は規模や社会的な注目度が他のスポーツイベントとは別格で、▽試合を見るために都道府県を越えた移動が集中して発生して、人の流れや接触・飲食の機会が格段に増加するほか、▽多くの人にとって、一生に一度の記念にもなる非日常的なイベントで、いつも一緒にいない人や久しぶりに会う人との間で飲食の機会が増えると、感染拡大のリスクが高い場面が発生したり、試合を見て高揚感を高めた人たちが路上でのハイタッチなど、感染対策への警戒心が薄れた行動を取ったりするリスクもあるとしています。"

 このニュースや記者会見の尾身さんのご発言を伺ったときに一番残念に思ったことは、オリンピックの出場選手たちにとっての4年に1度の世界一を争うスポーツ大会の価値や名誉、ホスト国としての日本の使命などが重要ということは言及されたものの、一生に一度の地元開催においてライブでオリンピックを観戦する五輪ファンの価値を奪うことに関しては、とくにリスクと思われていないことだった。

 すなわち、今回見解を発表された専門家の先生方は、東京オリパラを生で観戦する市民の行動が「不要不急の外出」と解釈されたのではないかということだ。われわれ市民や日本国民にとって、リスクというのは感染症や自分たちの健康リスクだけではなく、人生の中での経済損失や価値/名誉の損失も大きなリスクであり、東京オリパラを無観客にすることで失うこれらの価値損失リスクとのトレードオフを検討されたようには見えなかった。

 わざわざ競技場まで行かなくとも、自宅でTV観戦すればよいではないかというのは、ライブでスポーツ観戦することの価値を理解されていない専門家の勝手な解釈であり、一生に一度しか生で観戦できない地元開催の五輪の価値は想像以上に大きい。だからこそ高価で入手困難なチケットでも購入する価値があるのだ。「生きがい」というと大げさかもしれないが、ほぼそれに近い観客がいてもまったく驚かないほど、スポーツ文化はわれわれの人生に密着した重要な価値なのだ。

 筆者もプロ野球観戦が趣味で広島カープの大ファンだが、プロ野球やJリーグの熱烈なファンたちにとってライブ観戦は「生きがい」であり、「不要不急の外出」とはとてもいえない。また、プロ野球の観客は地元ファンが大半だからリスクは大きくない・・という専門家のリスク評価をよくきくが、広島カープを応援する観客は決して地元の住民ばかりではない。Jリーグでも、遠方のアウェイゲームを応援にいく熱狂的なファンはかなりいるだろう。

 東京オリパラにおいても、またとない日本開催を楽しみにしていた海外の五輪ファンの生きがいを簡単に奪ってしまったことも残念だ。ワクチンパスポートなどをもって、入国時のしっかりした検査で感染リスク低減策を施せば、海外からの五輪ファンをシャットアウトする必要が本当にあったのか疑問だ。オリパラのホスト国として、国際調和の象徴である五輪の意義を考えると、海外の五輪ファンの価値損失を安易に決定してよかったのかと思うところだ。

 また、これまでの国内での大規模スポーツイベントにおいて、感染クラスターが起こっていないというリスク評価に関して、東京オリパラの規模の違いや現在の感染状況を考えると適用できない・・とリスク評価をされたようだが、本当にそうだろうか?

 いまのところ、日本国内の都市部を中心に各種スポーツイベントが開催されており、箱根駅伝・春の甲子園大会・国際体操・バレーボール国際マッチ・国際陸上大会・ゴルフだけでなく、上述のように地元ファンだけでない多くの観客を収容したプロ野球・Jリーグ・大相撲などでも、大きなクラスターが発生したとは聞かない。なぜこれだけの観客を集めても、感染クラスターとならないのだろうか。

 そのヒントは以下の研究成果をみるとよく理解できる:

 ◎東京オリンピック開会式の感染リスクアセスメントと
  対策の評価を行う初のシミュレーションモデルを開発
  ~観客の新型コロナウイルス感染リスク評価を実施~
  発表者:村上道夫
  (福島県立医科大学医学部健康リスクコミュニケーション学講座),et al.

  https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00082.html

 ◎MARCO:Mass gathering event の解決志向リスク学
  https://staff.aist.go.jp/t.yasutaka/MARCO/index.html

 本ブログで何度も強調していることだが、「リスク」と「安全」を論じる際には、その定義を知ることが重要だ。「リスク」とは「いま危険」という意味ではない。ここ50年間津波が来ていないから「危険はない」と思っていたら、津波に襲われて尊い生命が失われる災害が発生した・・という場合に、ずっと危険はなかったけれども「リスク」は思いのほか大きかったということになる。

 「リスク」とは「将来の危うさ加減」「やばさ加減」をはかるモノサシであり、不確実性を伴う。大津波・大震災・土砂災害などが明日発生するかどうかは不確実だが、もし万が一災害が発生した時に、どれだけの危険に遭遇するかという「危うさ加減=リスク」は評価が可能であり、地域のハザードマップを作成することで、住民はリスクの大小、すなわち「やばさ加減」を知ることができる。

 東日本大震災で津波警報がアナウンスされたときに、釜石東小学校の生徒さんたちは津波被害のリスクが大きな地域にいることを正しく認識し、普段から避難訓練をしていたので、高台に一目散に逃げて九死に一生を得たという。これらはリスクアセスメントとリスクマネジメントが体現できていた典型事例であり、「大津波なんか来るはずない」と思ってリスク管理を怠っていたら、まさかの悲劇に遭遇してしまうのだ。

 このリスクを綿密に評価したうえで、許容可能な水準まで抑えられた状態のことを「安全」という。よく「安全」とは「ゼロリスク」のことだと勘違いする消費者がおられるが、それは誤りだ。残留リスクが許容可能、すなわち「Tolerable(我慢できる)」レベルであれば「安全」と言ってもよいということだ。

 東京オリパラなどのイベントはリスクがあるから回避すべきと発言する方は、おそらく「ゼロリスクでないと、イベントのせいで誰かが命を落としたらどうするんだ!」と主張されるのだろう。しかし、イベント自体のリスク評価/リスク対策がしっかりできていれば、リスクは許容範囲=安全になるはずで、もしそれでも事故に遭って命を落とした方がいた場合には、別のリスク、すなわち感染リスク対策の甘さがほかにあった可能性が高い。

 たとえば、あるイベントに参加した高齢者がインフルエンザにかかって、予後が悪く死亡したとしよう。そのときにイベントのせいで亡くなったと言われても、イベント主催者は受け入れがたいだろう。そのような場合には、インフルエンザの予防対策をしっかりしておくべきだったと考えるのが普通だ。田舎に帰省して兄弟から新型コロナをうつされた、という場合に、帰省や旅行が原因だ・・というメディア報道にもあきれる。兄弟が隣に住んでいても感染予防が甘いとうつされるわけで、感染原因は旅行ではない。

 リスクの大小を専門家が綿密に評価したうえで、社会が許容できる範囲内の小さなリスクであれば「安全」として、市民がこれを回避する必要はないとリスコミで伝えることになる。その反面、当該リスクが市民や社会にとっての大きなリスクと専門家が評価した場合は、このリスクを回避するための市民向けのリスコミやリスク低減のための公共政策が必要だが、そのためにはリスク要因がどこにあるのか特定できないと無理だ。

 両国国技館における大相撲でも、全国から相撲ファンが集まっているはずだが、礼儀正しい観戦姿勢をみるにつけ、これならクラスターは発生しないだろうと専門家がリスク評価した=「安全」との判断をしたのだろう。感染予防対策がしっかりできる観客がたくさん集まっても、感染拡大のリスクは無視できるほど小さくなり許容範囲=安全ということだ。もしこれが無観客になって、都内の感染対策がゆるいスポーツバーやホームパーティに集まったファンが大酒をのんで盛り上がったら、どちらの感染リスクが大きいのか、答えは自明だろう。

 東京オリパラも、競技会場での感染予防対策が緊張感をもって徹底されれば、大きな感染クラスターは起こらず、むしろ無観客にすることにより、街中や路上に繰り出す感染対策のできない無秩序な市民や事業者が大きな感染源になることが容易に推測できるところだ。いずれにしても東京五輪組織委員会が、あと1か月の間で、いかに綿密にリスク評価/リスク低減策を構築できるかどうかが、安全・安心な大会開催のカギになるものと考える。

 以上、今回のブログでは、東京オリパラにおける無観客開催のリスクについて議論しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます(非会員は有料です)。

 ◎SFSS食のリスクコミュニケーション・フォーラム2021(4回シリーズ)
  『withコロナの安全・安心につながるリスコミとは』

   http://www.nposfss.com/riscom2021/index.html

 ◎SFSS食の安全と安心フォーラム㉑
  『食物アレルギーのリスク低減を目指して』

  http://www.nposfss.com/forum21/index.html

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com