消費者市民のリスク誤認を助長する"添加物不使用"表示

[2019年5月28日火曜日]

 "リスクの伝道師"SFSSの山崎です。本ブログでは、毎月食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月はようやく(?)世間でも議論が過熱してきました食品添加物のリスク問題について考察したいと思います。まずは、山崎製パンさんが自社製造の加工食品に使用している食品添加物のリスク情報とともに、いわゆる"添加物不使用"というパン製品のマーケティング手法に関する公式見解を発表されたので、以下のサイトでご一読ください:

 「イーストフード、乳化剤不使用」等の強調表示に関する当社の見解
  ~山崎製パンホームページより~

  https://www.yamazakipan.co.jp/oshirase/0326_page.html

 いわゆる"食品添加物不使用"や"無添加"という強調表示は、ここ最近よくみかける加工食品や外食産業の広告/CMにおける"殺し文句"となっているのだが、とくに加工食品のパン製品類に関しては「イーストフード不使用」「乳化剤不使用」といった広告やラベル表示が多いため、市販パンメーカー最大手の山崎製パンがこれらのマーケティング手法に対して一石を投じたということのようだ。競合商品が「イーストフード不使用」「乳化剤不使用」とラベルで謳いながら、実際は同じような成分を含んでいることも不公正ではないかと指摘しているのだが、それよりも添加物不使用を謳うことで、いかにも健康によいパンであるかの如く、消費者への優良誤認を招いていることを問題視しているようだ。

 また本見解文の終盤で、消費者庁が実施した「平成29年度食品表示に関する消費者意向調査」を引用し、商品選択の際に「無添加」等の表示がある食品を購入している人の割合は過半数を超えており、「○○を使用していない」、「無添加」の表示がある食品を購入する理由としては、「安全で健康に良さそうなため」が72.9%と最も多く、(中略)「○○を使用していない」、「無添加」等の表示は、食品安全面や健康面で優位性のある食品のような印象をお客様に与えている実態が明らかになっています、と指摘している。

 すなわち、7割以上の消費者が「無添加」と謳う食品に対して、単に自然なものを好むといった価値観(=「食の安心」の観点)で商品選択をしているのではなく、「無添加」と謳う食品は添加物を使用した加工食品よりも安全性が高い(=「食の安全」の観点)とリスクを誤認して商品選択をしていることになる。これはまさに、リスク認知バイアス(=リスク誤認)を引き起こしている原因のひとつが「添加物不使用」表示だとすると、大きな社会問題ではないか。実は筆者も、3年前にこの「無添加商法」に対して「マーケティング・バイアス」だと指摘して、議論をしていたところだ:

 ◎『リスク認識をゆがめる"マーケティング・バイアス"』
  SFSS理事長雑感[2016年2月17日水曜日]

  http://www.nposfss.com/blog/marketing_bias.html

 それでも「いやいや、食品添加物を使用した加工食品のほうが健康リスクが高いに決まっているじゃない・・」と心の中で思われている方がおられたとしたら、それは典型的なリスク誤認の状態=「確証バイアス」に陥っていると言わざるを得ない。その場合には、なぜ自分が「食品添加物は健康によくない」と信じるにいたったかの理由を考えて、思い当たる理由が以下の選択肢にあったら、それに対する食品安全の有識者の解説を読んでいただきたい:

<食品添加物は健康によくないと考える理由①>
 食品添加物が原因で健康被害が起こった事故の歴史があるから。
<食品安全の有識者の回答①>
 過去に食品添加物が原因で健康被害が起こった事故の歴史はたしかにありますが、もう数十年以上前のことであり、日本国内ではそれ以降、何十年もの間事故は発生していません。反対に食品添加物を使用しなかったことにより、O157などの食中毒死亡事故が何度も発生しており、食品事故を未然に防ぐためには、食品添加物を適切に使用することが望まれます。

<食品添加物は健康によくないと考える理由②>
 過去に家庭科の授業で食品添加物はできるだけ使わないように教わったから。
<食品安全の有識者の回答②>
 家庭科の教科書には食品添加物を使用しない調理がよいなどの記載があるようですが、文科省の教科書審議会に食のリスクの専門家が以前は含まれていなかったこともその要因といえるでしょう。家庭での料理を学ぶ際に、加工食品を使用せず、天然の食材を活かした料理を学ぶこと自体は問題ありません。食のリスクに関しては正しいリスク評価について学ぶ必要性を強く感じます。

<食品添加物は健康によくないと考える理由③>
 過去に発がんリスクが懸念され、使用禁止になった食品添加物があるから。
<食品安全の有識者の回答③>
 過去に発がんリスクが懸念され使用禁止になった食品添加物があったのは事実です。ただし、ここ十年来発がんリスクが心配される添加物は、厚労省が現在使用を認めている添加物リストからみつかっていません。今世紀に入って制定された食品安全基本法と内閣府食品安全委員会による食品成分のリスク評価が広範囲において実施された結果、安全性に問題のある食品添加物は一掃されたと考えてよいでしょう。今後もし安全性に懸念のあるデータがみつかれば、食品安全委員会の専門部会でリスクを再評価する仕組みができており、いま国内で使用されている食品添加物を怖がる必要はないと考えます。

<食品添加物は健康によくないと考える理由④>
 食品添加物は食品事業者が売るためのものであり、消費者にメリットがないから。
<食品安全の有識者の回答④>
 食品添加物は事業者が売るためのものであり、消費者にメリットがないからとのご意見もありますが、よくよく考えると食品添加物が、消費者を恐ろしいO157などの食中毒から守ってくれたり、食品をより気持ちよく健康的に食べるための環境を作ってくれている(着色料なら天然の色むらをマスクしたり、甘味料で味を調整して糖分を高くしない工夫がされているなど)と考えるべきでしょう。

<食品添加物は健康によくないと考える理由⑤>
 無添加食品と添加物使用の加工食品を比較すると、天然の無添加食品の方が安全だから。
<食品安全の有識者の回答⑤>
 天然の無添加食品と添加物を配合した加工食品を比較すると、「無添加」「天然」が安全そうに見えると思いますが、食の安全の専門家にとってはむしろ逆です。食品添加物は安全性試験をクリアしてリスクが無視できるものしか認可されていないのに比べて、天然の食品は安全性の評価すらされておらず、相対的にみると天然物のほうが健康リスクが大きいと言われています。1980年代に遺伝毒性試験を開発したブルース・エイムズ博士によると、発がん物質の99.9%は天然物だと指摘しています。そう考えると専門家のリスク評価では、合成の食品添加物の方がむしろ安全性が高いといえます。

<食品添加物は健康によくないと考える理由⑥>
 海外で許可されていない食品添加物が日本では使われている、と聞いたことがあるから。
<食品安全の有識者の回答⑥>
 国によって食品添加物の使用基準が異なり、日本の基準は日本の自然環境や食文化に合わせ、決められているためです。海外で使われていない成分でも、日本人に悪い影響があるというわけではなく、充分なリスク評価の上で安全性に問題のない使用基準で許可されていますので、ご心配はいりません。

<食品添加物は健康によくないと考える理由⑦>
 「食べてはいけない・・」など食品の裏事情に関する書籍や記事(週刊誌・TV番組・ネット情報など)を読んで、やはり食品添加物は危険と感じたから。
<食品安全の有識者の回答⑦>
 「食べてはいけない・・」など食品の裏事情に関する書籍や記事において、食品添加物は危険との不安を煽る内容が多く、消費者のリスク誤認につながっていることは大変残念です。彼らの主張において決定的な誤りは、摂取量の観点が完全に欠落していることです。動物実験等で添加物を大量に投与した時に起こる障害を、実際の食品に使用されているごく僅かな量の添加物でも健康被害が起るかもしれないという表現で消費者を煽るのは大きな社会問題です。例えば、塩も多く摂り過ぎれば健康被害が出ます。食品添加物も使用基準の範囲内であれば、まったく問題ありません。このような記事で不安を煽っている専門家たちが、自然食品/無添加食品を販売する会社の関係者であったとするならば、利害が絡んでいるからだと冷静に判断できるでしょう。

 以上のようなQ&Aで食のリスクに関する誤解がピンポイントで解けるようにと、我々が開発したリスクコミュニケーション手法が「スマート・リスコミ」だ。食品安全の専門家たちは、たしかに各食品添加物の安全性試験データやADIなどの専門知識を駆使して、そのリスク評価の詳細をわれわれに伝えてくれるが、難易度が高すぎるとその健康リスクがどの程度なのか、なかなか理解が容易ではないだろう。

 最近の筆者のブログでも、消費者が誤認しがちな「無添加」「保存料不使用」「無農薬」「遺伝子組換えでない」などと標榜した食品のリスクについて考察しており、食の安全・安心を正しく理解する際に大事なことは「リスクの大小を冷静に比較すべし」ということだと解説している:

 ◎見えるリスクを避け見えないリスクに遭う?!
  ~「無添加」「無農薬」「非遺伝子組換え」はむしろリスク高~
  SFSS理事長雑感[2019年1月20日日曜日]

  http://www.nposfss.com/blog/invisible_risk.html

 以上、今回のブログでは消費者のリスク誤認を助長する"無添加""添加物不使用"などの強調表示によるマーケティング手法について、その社会的弊害を解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しております(参加費は3,000円/回ですが、どなたでも参加可能):

 食のリスクコミュニケーション・フォーラム2019(4回シリーズ)
  『消費者市民の安全・安心につながる食のリスコミとは』開催案内

  http://www.nposfss.com/riscom2019/
  第2回 2019年6月23日(日)@東京大学農学部 中島董一郎記念ホール
  『食品添加物のリスコミのあり方 ~不安を煽るフェイクニュースにどう対抗する?』

   講演要旨まとめ(PDF/242KB)

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com