見えるリスクを避け見えないリスクに遭う?! 
~「無添加」「無農薬」「非遺伝子組換え」はむしろリスク高~

[2019年1月20日日曜日]

 "リスクの伝道師"SFSSの山崎です。本ブログでは、毎月食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月も消費者が誤認しがちな「無添加」「保存料不使用」「無農薬」「遺伝子組換えでない」などと標榜した食品のリスクについて、再度考察してみたいと思います。

 本ブログで常々お伝えしていることとして、食の安全・安心を正しく理解する際に大事なことは「リスクの大小を冷静に比較すべし」ということだ。消費者市民のリスクリテラシー向上にむけて、いま最も障害となっているリスク誤認を、筆者は「リスク認知バイアスの本丸4つ」と呼んでいる:すなわち、①食品添加物、②残留農薬、③遺伝子組換え作物、④食の放射能汚染の4つだ。これら食品中のハザード4つは、いまの国内市場において健康リスクが十分小さいと専門家が評価しており、「許容できるリスク」=「安全」と判断されているものだ。

 「いやいや、一部の食品添加物は発がんリスクが懸念されているから心配だ」、「加工食品に使用されている中国からの輸入農産物は農薬まみれじゃないの?」、「遺伝子組換え作物の安全性や環境への悪影響はよくわかってないのでは?」、「福島県産の農産物は放射性物質がゼロでない限り安全とは言えない。」などと思っている方々には、「大きな勘違いですよ」と率直にお伝えしたい。皆さんが気にしておられる健康リスクは小さすぎるため、将来健康被害が発生する可能性は限りなくゼロに近く、「安全」と言わざるを得ない。それでも健康リスクが完全にゼロでない限り、これらのハザードを受け入れることができないという方は、「ゼロリスクがある」との盲信をお持ちなのではないか。

 われわれの身の回りには沢山のリスクが存在し、食についても「ゼロリスク」はあり得ない。すなわち、われわれが毎日摂取している一般食品(天然物)は必ず発がん性物質を含むし、ともすれば病原微生物や化学物質などに汚染されているリスクが残存すると考えるべきだ。それでもわれわれが健康被害に遭わないのは、食品中のリスクが十分制御可能だからであって、健康リスクが全く存在しない(ゼロリスク)ということではない。ある意味こういった「見えないリスク」の塊が天然物である一般食品と考えると、上記の本丸ハザード4つは消費者にとってよく「見えるリスク」であり、思わず回避したくなるのもわかるが、以下のようなリスク比較をすれば、リスクの大小がイメージできるはずだ:

見えるリスク 見えないリスク リスクの大小比較
①食品添加物(安全性データあり、微生物汚染リスク↓) 一般食品(安全性データなし/発がん性リスクの可能性) 食品添加物<一般食品
添加物配合食品<無添加食品(微生物リスク↑)
②残留農薬(安全性データあり、微生物・害虫汚染リスク↓) 一般食品(安全性データなし/発がん性リスクの可能性) 残留農薬<一般食品
農薬利用食品<無農薬食品(微生物リスク↑)
③遺伝子組換え作物(安全性データあり、害虫汚染リスク↓) 一般食品(安全性データなし/発がん性リスクの可能性) 遺伝子組換え=非遺伝子組換え(一般食品)
農家:遺伝子組換え<非遺伝子組換え
④放射性セシウム汚染(疫学によるリスク評価データあり) 一般食品(安全性データなし/放射性カリウム被ばく) 福島県産食品=一般食品
放射性セシウム被ばく<放射性カリウム被ばく

 食品添加物(殺菌料)を十分に使用しなかったことでO157による食中毒が発生し、実際何人かの死亡事故が発生したケースは「リスクのトレードオフ」の典型事例であり、まさに食品添加物という消費者の「見えるリスク」を避けることで、生野菜中の病原微生物汚染という「見えないリスク」に遭ってしまった悲劇と言えよう。大手食品メーカーやコンビニが販売する加工食品が原因で食中毒事故が起こることは極めて稀だが、手作りの食品を提供する外食/給食/弁当業者では頻繁に食中毒事故が起こっている現況をみても、食品添加物を配合した加工食品のほうが健康リスクが十分小さい(=安全である)ことは明らかだ。食品添加物のリスクに関しては、2017年の食のリスコミ・フォーラムをご参照いただきたい:

 ◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2017(4回シリーズ)活動報告
  <第4回> 2017年10月22日(日)『食品添加物のリスクを議論する』

  http://www.nposfss.com/cat1/risc_comi2017.html

 残留農薬や遺伝子組換え作物に関しても、一般食品の健康リスクと比較した場合にリスクが十分小さいことは明らかであり、むしろ「無農薬」「非遺伝子組換え」のほうが社会的観点で持続可能な農業に対するリスクが大きいと言えるだろう。なお市場においては、農薬を使用した生鮮野菜やそれを原料とした加工食品でも、ラベルに「農薬使用」と表示する義務がないことを考えると、残留農薬は「見えないリスク」と言えないこともないが、「有機栽培/オーガニック」「無農薬」などの表示がない場合に農薬を使用したことは消費者に見えるので、残留農薬は「見えるリスク」に分類した。ただ、遺伝子組換え表示が義務になっていることに比べると、残留農薬を意識しながら食品を購入している消費者が少ないことは幸いである。残留農薬と遺伝子組み換え作物のリスクに関しては、食のリスコミ・フォーラム2018をご参照いただきたい:

 ◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2018(4回シリーズ)活動報告
  <第2回> 2018年6月24日(日)『残留農薬のリスコミのあり方』
  <第4回> 2018年10月28日(日)『遺伝子組換え作物のリスコミのあり方』

  http://www.nposfss.com/cat1/risc_2018.html

 食の放射能汚染(原発事故由来の放射性セシウム汚染)に関しては、一般食品中に含まれる放射性カリウムにより常時われわれが内部被ばくしていることと比較すると、現在の放射性セシウム汚染による健康リスクも十分低いと考える。原発事故由来の放射性セシウムに関しては、自然の放射線被ばくの上に乗ってくるリスクなので、それは看過できないとする方も多いようだが、放射性カリウムによる内部被ばく量(バックグラウンド値)が上下していることを考えると、いまの放射性セシウム汚染量は将来健康被害が起こるようなレベルとはとても思えない。そう考えると放射性セシウムの検査結果が「不検出」というような、いかにも安全性が高いかのような優良誤認を狙う広告は止めていただきたいものだ。
 食の放射能汚染に関するQ&Aは、SFSSホームページにて解説をしているのでご確認いただきたい:

 ◎食の放射能汚染について①
 Q(消費者):福島県産の農産物や食品の放射能レベルは気にすべき健康リスクなのでしょうか?

  http://www.nposfss.com/cat3/faq/q_09.html

 そうはいっても食品添加物は健康によくないもので安心できないとする顧客が多い状況で、食品添加物の安全性をどう伝えればよいのかと悩まれている食品事業者もおられるものと思うが、われわれが日本リスク研究学会の「食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション・タスクグループ」で開発したスマートリスコミ手法をご参照いただきたいと思う:

 ◎「確証バイアス」を補正するスマートリスコミとは
  ~食品添加物は不健康とした消費者の79%が「加工食品を安心して食べる」と回答~

  http://www.nposfss.com/blog/smart_risk_comi.html

 以上、今回のブログでは「見えるリスク」と「見えないリスク」を比較することで、リスクの大小を正しくイメージすることについて解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションの学術啓発イベントを実施しておりますので、ふるってご参加ください:

 ◎食の安全と安心フォーラム16 (2019.1/27)
  『HACCP制度化など食品安全の国際化に必要なことは?
  ~殺菌の同等性評価と新規殺菌手法の現状および課題~』

  http://www.nposfss.com/forum16/index.html

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com