「確証バイアス」を補正するスマートリスコミとは
~食品添加物は不健康とした消費者の79%が「加工食品を安心して食べる」と回答~

[2018年11月19日月曜日]

 "リスクの伝道師"山崎です。本ブログでは、毎月食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月は11月9日~11日まで福島市で開催された第31回日本リスク研究学会年次大会にて、「食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション・タスクグループ」の研究成果として、リスク認知バイアスに対するリスコミ手法の開発と効果検証について発表しましたので、ご報告したいと思います。まずは、あいかわらず食品添加物のリスクについて、科学的に誤りが満載の不安煽動記事が週刊誌に掲載されたようですので、以下でご覧ください:

「食卓の危機」警鐘キャンペーン
 海外では食べることが禁止されている「日本の食品」リスト公開
 (女性セブン, 11/29・12/6合併号)

 https://www.shogakukan.co.jp/magazines/2092112118

 週刊新潮さんに10週連続で、加工食品の安全性に関する不安煽動記事が実名入りで掲載された際には、われわれSFSSもその社会への悪影響を懸念してファクトチェックを敢行した(事実検証した疑義言説3つがすべて「レベル2:不正確」でミスリーディングとのレーティングとなった)が、今回の女性セブンさんの記事は、食のリスクをもとにファクトチェックすることすら困難であると判断した。なぜなら、この記事には食品添加物の摂取量に関する記述が皆無だからだ。ヒトがある化学物質にどれだけ暴露されるかを議論しないで、人体への健康リスクが大きい(=危険)と主張している時点で、とてもまともな科学情報とは言えないことは明白だ。

消費者の誤解は量の概念の不足から(2018年7月27日)
 長村 洋一(鈴鹿医療科学大学 教授)

 http://www.nposfss.com/cat7/consumer.html

毒か安全かは量で決まる(SFSS理事長雑感/2013年9月10日)
 http://www.nposfss.com/blog/poison.html

 上記の長村先生の論説記事を読んでいただければ、一般消費者が食品添加物の健康リスクを誤認してしまう最大の原因は「摂取量の観点」が欠落しているからだと考察されている。今回の女性セブン記事のライターさんも、おそらく社会部系の記者さんで食の安全に係るリスクが摂取量に依存することをご存知ないのだろうと察するところだ。すなわち、ある食品添加物が加工食品に入っているというだけで危険だという「ありなし論」を展開されている時点で、厳しくいえば食のリスクを語る資格はないと言わざるをえない。

 しかし、一般消費者も同じように食品添加物が入っている時点で健康に良くないと勘違いしている方々が多いのも事実で、これはいくつかのリスク認知バイアスが起因しているものと疑われる。リスク認知バイアスの中でもっとも典型的なものとして「確証バイアス」がある。すなわち、消費者は「危険重視の本能」があり、危険情報の方を信じる傾向にある。一度「食品添加物は危険」という判断を行うと、それが先入観になり自分の判断の正しさを証明する情報ばかりを集めて、そうでない情報は拒絶するという「確証バイアス」に陥り、さらにその先入観が増長されるのだ。

食品添加物のリスコミのあり方(2018年1月22日)
 唐木英明(公益財団法人食の安全・安心財団)

 http://www.nposfss.com/cat7/risk_communication_of_food_additives.html

 われわれは、日本リスク研究学会において「食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション・タスクグループ」を結成し、社会心理学で報告されている種々のリスク認知バイアスに対してのリスコミ手法開発を試みている。とくに今回、福島市で開催された日本リスク研究学会年次大会では、この「確証バイアス」に対するリスコミ手法を開発し効果検証したので、その概要をご報告したい。この「確証バイアス」を補正することができれば、消費者の食品添加物に対するリスク認知バイアスを解消することができる、すなわち消費者が自らリスクの大小を正しく認識できるようになる(リスクリテラシーが向上する)可能性が広がるものと考えた。

SFSS活動報告
 第31回日本リスク研究学会年次大会 にて研究成果を発表しました!

 http://www.nposfss.com/cat1/sra_japan2018.html

【スマートリスコミ手法の仮説】
 我々は「確証バイアス」をとりのぞくリスコミ手法として、「確証バイアス」の要因となっている信念や仮説にいたった原因に共感した設問を投げかけたうえで、それぞれに対して学術的理解を与える科学的根拠をわかりやすく情報提供することが有効であるとの仮説をたてた。

【方法】
 本研究では、食品添加物の健康リスクに過敏な消費者を対象として、インターネット調査を用いて「確証バイアス」をとりのぞくリスコミ手法の効果を検証することとした。インターネット調査は、最低週1回は料理をする/食品ラベルを確認する30歳代/40歳代の女性1万人から、「食品添加物は健康によくないので、添加物の入った加工食品はできるだけ使いたくない」という設問に、「たしかにそう思う」または「まあまあそう思う」と回答した女性100名をランダム抽出し(30歳代39名/40歳代61名)、設問に対する回答を得た。

【結果】
 100名の女性に対して「結果1」のような設問を投げかけることで、どのくらいの割合で回答者が理解をし、最終的に食品添加物の配合された加工食品を食べてもよいと答えていただけるか、効果検証を実施したところ「結果2」のようになった:

fig01_201811.jpg fig02_201811.jpg

【考察&結語】演者らは、「確証バイアスの原因に共感」⇒「確証バイアスのそれぞれの原因に関わる科学的根拠をわかりやすく説明」というリスコミ手法により、回答者自らの気づきを与え、食品添加物が健康によくないと考えていた30歳代・40歳代の女性100人のうち79人が食品添加物を受け入れる姿勢を示したことは、予想以上の効果が検証できたものと考える。今回インターネットでの無機的な情報伝達に限界はあるものの、相当数の回答者で確証バイアスの補正が認められたことから、スマートリスコミ手法開発の起点となることが期待された。

 今回われわれが開発したスマートリスコミは、おそらく民間企業のお客様相談担当で優秀な方々は、自然に実施しておられるリスクコミュニケーション手法に近いものと推測されるところだ。すなわち、偏ったリスク認識のため食品添加物をどうしても回避したいという顧客に対して、その方がなぜそのような認識にいたったかを十分傾聴し共感することで、まずは顧客と同じ立ち位置に自分を置き、顧客の信頼を得ることが肝要だ。そのうえで、はじめてその方が誤ったリスク認識にいたった原因の部分をピンポイントでわかりやすく説明すると、それは顧客自身の理解につながるのであろう。ポイントは最初から学術的説明でむりに説得するのではなく、まず共感することで同じ土俵に立ち、理解を求めることなのだ。

 先月のブログでも述べたことだが、食品添加物の中でも一部健康リスクの高いものがある(それが「保存料」「着色料」「調味料」など?)というリスク誤認に陥っている方が、プロであるはずの栄養士さんや食品事業関係者にまでいるのではないかと危惧するところだ。天然の一般食品に普通に含まれる多くの発がん物質や食中毒微生物とリスクを慎重に比較したうえで、もし加工食品に含まれる微量の食品添加物が危ないと思われているとしたら、それは大きな誤りであり食のリスクについてしっかり勉強されることをお薦めしたい:

リスクアナリシスで考える食品添加物の安全性(2018年1月22日)
 畝山智香子(国立医薬品食品衛生研究所 安全情報部)

 http://www.nposfss.com/cat7/risk_analysis.html

 以上、今回のブログではとくに食品添加物に関するリスク認知バイアスのひとつ:「確証バイアス」に対するスマート・リスコミ手法について、くわしく解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションの学術啓発イベントを実施しておりますので、ふるってご参加ください:

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2018(4回シリーズ)
 『消費者市民のリスクリテラシー向上につながるリスコミとは』開催速報
  第1回 テーマ:『市民の食の安心につながるリスコミとは』(4/15)

   http://www.nposfss.com/cat9/riscom2018_01.html
  第2回 テーマ:『残留農薬のリスクコミとは』 (6/24)
   http://www.nposfss.com/cat9/riscom2018_02.html
  第3回 テーマ:『原料原産地のリスクコミとは』(8/26)
   http://www.nposfss.com/cat9/riscom2018_03.html
  第4回テーマ:『遺伝子組み換え作物のリスコミのあり方』(10/28)
   http://www.nposfss.com/cat9/riscom2018_04.html

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com